早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 東京に移動しました/一家離散?

<<   作成日時 : 2011/04/02 23:36   >>

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(4月2日、記す)

みなさま

 BCCでお送りしています、早尾です。

 これまで避難生活中に関西方面から10数通を出してきましたが、これは東京からです。4月1日から東京の大学で仕事が始まるために、東京に移動してきました。

 せっかく関西方面まで脱出していたのに、わざわざ原発に近い方向へ戻るというのは、複雑な気持ちです。
 各地の放射線量の数字が漸減しているとか、原子炉が「安定状態」にあるといった報道が続いていますが、私はまだ危機は去っていないと思います。
 京大の小出裕章氏の最近の発言を聞きました。また、ヨーロッパのメディアに接している知人らの見立てなども聞きました。世界最大規模の原発事故として深刻に受け止めている海外と、秩序維持および経済復興を優先してことさらに過小評価してみせる日本とで、メディアにもかなり温度差があります。そしてまた、決して扇情的なことを言わない小出氏が、悲観的な見通しを語っていた内容は重たいものでした。
 とくに1〜3号機については、根本的な冷却システムが確立できていない以上、燃料棒溶融・炉心融解によって、いずれ炉や容器の底が解けて抜け落ち、いっそう大量の放射性物質をまき散らす可能性は否定できません。これまで外側から水をかけたり入れたりし続けたけれども、冷却には不十分なうえに、それさえも汚染水問題で行き詰まってしまうのではないでしょうか。となれば、、、

 また、3月中の風向分析からしても、海洋汚染の実態発覚からしても、実はこれまで出されたほとんどの放射性物質は、「幸運にも」太平洋の空と海へとまき散らされていたのであって(世界大の公害!)、それでいてこの野菜や水道水のパニックです。もし上記のような炉心溶融が今後起きたときに、風向きが東風、つまり海から陸に向かっていれば、どういう放射能汚染が広がるのか。最悪の想定を維持しておく必要は、まだ変わらないと思いました。

 つまり、自分の子どもを、現時点で仙台に戻すこともそうですが、私の勤める東京の大学の近くへ転校させることも、安全だと確信することができないのです。
 幸い、パレスチナ・オリーブと付き合いの深い京都のお店のつながりで、里親の会の活動をされているあるご家庭が、子どものみで避難者を受け入れてくださることになり、私の子どもは当面そこに預けることにしました。親といっしょにいるほうがいいか、東京なら仙台よりも原発からかなり遠いですし西への退避も容易だろう、そんなことも考えましたが、子どもの安全を第一に考えたときには、上記のような状況判断から、まだ関西にいるべきだ決断しました。
 これで、母は仙台、父は東京、子は京都、と「一家離散状態」となりました(苦笑) 他方では、多くの人びとが仙台でも福島でも、もはや原発・放射能を気にせず外を出歩いているわけで(被災地ゆえに生活復旧が先ということもあるでしょう)、原発事故を注視し退避する人とそうでない人との認識格差が拡大していることも気になっています。


 関西で三月後半の半月ほど避難生活をした後で移動してきた東京は、噂に聞いていたとおりの「暗さ」でした。
 インフラも物流も止まった仙台から、まったく別世界の関西を経て、そして薄暗い東京へ。なるほど東京は、この大震災の縁にあって、その影の一部を共有しているのだと思いました。どこの駅もコンビニも節電のために電灯を半分に落とし、もし中に人がいなければ、営業しているのかと疑われるほど。また、東京では私が研究員をつとめるアジア太平洋研究センター(麻布台)にまずは滞在したのですが(借り始めたアパートが整うまで)、そこは東京タワーのすぐふもと。ライトアップをやめた東京タワーの先端は地震のためにわずかに傾いていました。その薄暗さとちょっとした傾きは、何か東京の現在を象徴しているように感じました。
 同センターのすぐ隣にあってよく利用している中華料理屋では、従業員が原発事故を恐れて相次いで中国に帰国してしまい、新しいスタッフの確保に苦労しているとこぼしていました。近所の六本木はまだ歩いていませんが、もっと落ち込みは露骨なことでしょう。
 それにしても、東北・関東・関西の三地域間での雰囲気の違いは、多くのことを考えさせられます。

 先日、予告と報告をしました、神戸での集会に続きまして、同様の集まりを京都でも開催することになりました。やはり今度も、同じく仙台から避難してきた古本喫茶「火星の庭」さんのコーディネートで、私も話します。東北方面からの避難者たちと関西の人たちとの交流の場になればと思います。
 詳細は次のメールで流しますが、4月10日(日)です。
 私はそのとき、はたして子どもを「迎えに行く」ことができるのか、あるいは、いったん子どもの様子見をして、さらに預けることになるのか。原発の状況は、劇的な改善はありえないけれども、劇的な悪化はありうるわけですし、その意味では悲観的です。

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