早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 新年度・新学期の悩み/京都の集い

<<   作成日時 : 2011/04/05 23:55   >>

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(4月5日、記す)

みなさま

 BCCでお送りしています、早尾です。

 4月に入り、新年度・新学期が始まりました。宮城や福島から避難してきた人たちも、原発がボンボン爆発し煙を上げていたあいだは緊急退避をしていましたが、しかしここらで、仕事がこれ以上休めない、学校がそろそろ始まる、ということで、戻るのかどうかの決断が迫られています。
 他方で原発は、要するに2・3号機は炉心溶融になって直接燃料が解け出ているということなのでしょう。それが高濃度汚染水になっているわけですから。(テレビに登場して「安定状態にあり、メルトダウンはありえない」とか「格納容器がしっかりしているので大丈夫」とか言っていたヤツは誰なのか、ホント、全局のこれまでのコメンテーターの名前をチェックしてやりたい。)
 ダラダラと核燃料を漏らし続けていることが「天然ベント」になっていますが、いつまでそれが続くのか、融解した燃料を出し切る前に冷却システムができるのか、あるいはいつかドカッと中身が漏れ出て汚染が一気に拡大するのか、そんなことをにらみながらの持久戦になってしまっています。先が見えないのがつらい。

 私自身は、4月1日付でもって、東京の大学の勤務が始まりました。厳しい原発震災の近況ついでの暗い着任報告となりましたが、地震前から地震後まで、心配をしてくださったみなさまには、深く感謝申し上げますとともに、今後とも叱咤激励のほど、よろしくお願いいたします。
 研究室もいただきましたが、置くべき本が手元にぜんぜんなくて、広い部屋でポツンと座って、最初の手続き書類をやっつけています。
 が、さすがにそれでは仕事になりませんので、近く、地震直後からグシャグシャのまま放ってきた仙台の書庫に行って、最低限の本を送らなくてはなりません。たいへんな手間ではありますが、子どもとともに仙台を離れることを決めたときには(一機目が爆発し、移動中に二機目が爆発)、汚染の程度次第では一冊も持ち出せなくなることも覚悟はしていましたので、少しでも持ち出せればまだマシという気持ちです。

 新学期なのは私の子どももそうで、かたちのうえでも新二年生になりました。実際の授業は仙台では少し遅れて来週開始です。
 とりあえず里親さんのところで楽しくやっているようですが、「二年生になったね。何が目標?」って声をかけてやれないのが悲しい。3月の末頃には、「転校はやだな。荒町小学校に戻りたいな」と口に出すようになっていました。
 この段階に来て、大きく4つの選択肢があるように思います(親の仕事の条件などで脱出家庭でそれぞれ違うと思いますが)。
1、仙台にとりあえず戻しつつ、いつでも脱出できるように備える。
2、東京の私の職場の近くの学校に転校させる。
3、京都にあと一ヶ月ぐらい預けておいて、連休明けぐらいまで様子を見て、遅れてでも仙台の小学校に戻す可能性を探る。
4、京都に一年間ほど里子に出して、小学校にも通わせてもらう。

 1は、住み慣れた家と通い慣れた学校と仲のいい友だちのもとに帰りたいという子どもの気持ちを尊重しながら、万一のときにはいつでも仙台を離れるということを念頭においておくというもの。ただし、新幹線も在来線も復旧していない状態では、脱出に当たっての不安が大きいと言わざるをえません。またガスの復旧も遅れており、皮膚の弱い子どもにとってお風呂なしの生活は大丈夫か気がかりです。
 2は、仙台よりも東京のほうがずっと原発から遠く、また私のそばに置いておけるというので安心ですが、はたして東京で大丈夫なのか。風が比較的南向きだった3月末には、仙台ではなく東京のほうで水道水に放射能が検出されたのですから、風向きと原子炉の損壊次第では危ないですし、停電問題もあり大都市の脆弱を露呈させていて雰囲気がよくない。
 3は、もうすぐ仙台を離れて一ヶ月が過ぎようとしており、なおこの状態ですから、あと一ヶ月延ばしたとしても変わらないかもしれない、というのが難点。学校など一ヶ月休んだってどうでもいいですが、無期限に先送りを繰り返すだけになるのは、子どもを不安にさせてしまいます。
 4は、どっちの親からも長い期間離してしまうことについて、どうかなと。世の中、親元を離れて暮らす子どもはいくらでもいますので、そんな特別なことではないと思いますが、子どもよりも私のほうが不安で嫌なのかもしれません。(もっと言えば、関西がいつまで「安全圏」なのか、という問題もあります。いずれ検出はされます。五十歩百歩を、大差ないと捉えるか、相対的にマシと捉えるか。)

 私たちのところにかぎらず、多かれ少なかれ、東北からの避難家族は、こういったような決断の時期にさしかかっています。すべては原発に帰着してしまうのですが、それを言っても現実が迫っているので、何かを決断しなくてはなりません。東電も設計者も政府も専門学者も、誰も原発の行方がどうなるか分かっていないのですから、正解があるわけでもなく、誰に判断を求めることもできません。戻るも残るも、さらにどこかに移るも、各自が思考と行動を実践するほかありません。

 ごく最近も、新たに関西に退避することを決断した妊婦さんがいました。幸いにして、「京都の家」ネットワークに相談をしたら、助産師さんのところでホームステイしながらケアしてもらえる場所が見つかりました。他方で、仙台から逃げたために失職したことで、大阪で仕事を探して定住する道を見つけつつある人もいます。それもこれも、今回、私といっしょに脱出&受け入れ行動で動いてくださった赤尾光春さんの縁でつながった展開です。
 運もありますが、与えられた限界的な状況のなかで、各自が頭と手足を動かしてこそ、開ける活路なのだと思いました。


 さて最後になりましたが、今度の日曜日の京都でのイベントの案内です。

 4月10日(日)12:00〜日没までの長い企画のなかで、15時から16時半ごろまで、仙台など東北方面から避難してきた私たちがステージに出て話をします。神戸同様、前野久美子さんと清水香名さんと私・早尾などが話します。
 企画全体のことは私にもよく分からないのですが(笑)、歌あり演奏あり、朗読ありのお経あり(?)、古本市あり、なんでもあり、みたいです。神戸の集会とは雰囲気は変わると思いますが、避難生活にはこういう楽しみも重要でしょう。
 会場は、「ガケ書房」。京都市左京区北白川下別当町33
 詳細は、ガケ書房サイトをご確認ください。
 http://www.h7.dion.ne.jp/~gakegake/

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