早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 仙台に一時「帰郷」中に2度目の大地震!

<<   作成日時 : 2011/04/08 02:16   >>

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(4月7日深夜、記す。)

みなさま

 BCCでお送りしています、早尾です。
 いま仙台にいます。パレスチナ・オリーブの会計始末のため、それから研究用の書籍を荷造りするため、4月6・7・8日の三日間だけと思って、、、(先月の地震以来、そのままメチャメチャの書庫を放置して関西に逃げましたので、それを片付けながらの荷造りでした。)

 明日の高速バスで東京に戻るつもりだったのですが、そのかん心配だったのは、原発一号機が爆発するかどうか、明日までもつだろうか、でしたが、このタイミングで起きたのは、〈3・11〉以来の最大の余震でした。

 ちょうど、京都に預けている子どもを今後どうするのか、同じく京都に子どもを避難させている友人宅で、いっしょに相談をしているところでした。その真っ最中に地鳴りとともに突き上げるような強烈な地震。このかん東北地方はつねに余震が続いている状態で、地震酔いというか、いつも地震があるような感じのため、震度3や4はいつものことでした。しかし今晩の地震は〈3・11〉を彷彿とさせる揺れで、かなり大きく、即座に電気が切れ、そして室内にいたら危険と感じられ、すぐに建物の外に飛び出しました。

 地震が収まった後、すぐにラジオをつけると、六ヶ所村の再処理工場と女川原発で電源が落ちたというニュース。六ヶ所村は非常電源で、女川は一つだけ残った電源で冷却している、とのことでしたが、戦慄が走りました。
 地震の規模としては〈3・11〉よりも小さいですが、しかし、心理的には同じぐらいの、あるいはそれ以上の衝撃を住民に与えたことだと思います。深夜ということもあり、最大の余震ということもあり、避難所の人びとにはいっそうの恐怖を与えたに違いありません。
 また、仙台の街中は、そしてきっと宮城・岩手・福島の各地でも、徐々にお店を再開させ始めてきたところでした。「もうすぐ一ヶ月。そろそろ気持ちを切り替えてがんばっていこう」という気持ちのときに、それを根元から折るようなタイミングの地震でもありました。擦り込まれた恐怖がよみがえります。

 子どもを戻せるのかどうか、あるいはいつまで京都に預けるのか、そういう相談を、私と皆川と友人とでしていたときの地震でしたので、揺れが収まった後に、「これはダメだ。とても仙台には戻せない」、とみな口々に言っていました。
 子どもは京都に置いてきてほんとうによかったと思いました。

 ニュースを追うと、県庁でも仙台駅でも水道管破裂。またパレスチナ・オリーブの入っているビルでも階段に水が溢れていました。(街中の水道被害は前回以上か?)
 ガスはまだ各地で復旧途上(うちの地区はまだまだ先のようです)のところ、ニュースではガス漏れで臭いが立ちこめている地域があちこちにあるとのこと。
 停電は岩手・秋田・青森の全域。宮城県も広範囲にわたって停電していますが、友人宅から帰ると私の家の地区はたまたま電気がついていましたので、このメールを書いています。

 ニュースをつけると、高速道路はまたしても通行止め。新幹線と空港も復旧はまだですから、またしても仙台は「陸の孤島」。ここで目と鼻の先にある女川原発に非常事態になったとしたら!!
 今度ばかりは皆川も、「逃げる準備をしよう!」と言ってニュースを注視しています。

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