早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 福島、女川の両原発に挟まれた仙台の現状

<<   作成日時 : 2011/04/09 03:11   >>

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(4月8日、記す)

みなさま

 早尾からBCCでお送りしています。

 東北自動車道の通行規制が今朝ほど解除となり、なんとか仙台からバスで東京まで出てくることができました。いまは東京から書いています。
 仙台は今日も朝からずっと地鳴り・余震がやむことなく、また電源が落ちた女川原発にも異変があったようで、気が気ではありませんでした。

 仙台もそうですが、東北地方では、この約ひと月弱、みな気を張りつめてやり過ごしてきたと思います。徐々にインフラが復旧してきて、物流が少しずつ戻ってきて、閉じていたお店がところどころ再開してきて。余震もちょっと減ってきたかな、というところで、昨晩の大地震で、その気持ちがポッキリと折られてしまったような、そんな感じでした。
 ちょうど昨晩は、皆川と「火星の庭」とその他友人らとで、コミュニティ・カフェ立ち上げの相談会をし、これから何ができるか、前向きな話し合いをしたところでした。いま仙台の市民センターや文化施設などは、地震で損壊して使用不可能になっているか、あるいはこの先半年は被災者支援の活動に供せられるかで、一般的な市民サークルが集うことができなくなってしまっています。
 非常事態だとはいえ、そういう集いや文化がなくては、人は疲弊し、ギスギスしていきます。だからこそ、自発的なコミュニティ・カフェを、ということだったのですが、、、
 その相談の直後にドカンと大地震。

 以前、「二正面作戦」と書いたことがありましたが、福島原発のこと、さらに女川・六ヶ所のことを考えても、地元に残って何ができるのかを考えたとして、しかしやはり「退避」の必要性はまだまだ去ってはいません。
 仙台でいろいろな人に会っていると、春休み期間と重なったこともあって、お母さんと子どもだけは西日本に避難させている、という家族はけっこう(とはいえ少数派ですが)いるんだなとわかりました。が、同時に、そのうちの多くがすでにもう仙台に戻ってきているか、あるいは来週開始の学校にあわせてこの週末にでも戻ろうとしているということもわかりました。
 これはみな苦渋の決断です。
 とくにこれは、小学生以上の子どもについては、授業が始まる、一年生で新しく入学する、新年度が始まる、というときに、出遅れるのではないか、クラスにとけこめなくなるのではないか、などなどが心配なのだと思います。もちろん、新二年生になる私の子どもについても、まったく同じ心配を私もしています。
 しかし、福島原発は、1号機は核燃料溶融で格納容器爆発を起こす恐れがまだあります。2・3号機はすでに容器破損で溶融した燃料が漏れ出ており、底が解けて一気に抜け落ちる恐れがあります。そしてとうとう女川にも異変が起きました。非常電源まで故障をきたしており、昨晩も一時間半は冷却していなかった、つまりかなりの綱渡りであったことがわかりました。
 とても安心して戻せる状況ではありません。


 原発から60キロぐらい離れている福島市と郡山市でさえも、この一ヶ月ずっと、もう学校どころの話ではない、そういう放射能汚染の数字が出ています。先日、福島市の学童保育士さんの投書が朝日新聞に掲載されました。子どもたちに一切外遊びをさせず、外出は最低限度の用事に限って、帽子にマスク着用で10分以内厳守をさせている、そういう生活がこの先何ヶ月続くのかと考えると、自分たちもすでに原発被災者である、と書いていました。
 3マイクロシーベルト/時、という数字は、「全裸で24時間外に立っていたらの話で実際には被曝量はずっと小さい」とテレビの専門家は言います。逆です。皮膚からの外部被曝でその数字ということは、そこに住んで生活している人間が、吸った空気、飲んだ水、食べた料理すべてから体内に放射性物質をとりこんでいるということであり、単純目安で3倍か4倍して計算しなければなりません。これを24時間・365日で見たら、だいたい100ミリシーベルト/年、です。これは、事故作業にあたる原発作業員の特例的な被曝上限と同じ数字なのです!(通常は5年で100ミリシーベルトが原発作業員の上限。)

 ところが、福島・郡山でも、そこまで本気で心配している人は少数派で、大半は新聞テレビを気にしつつ、「3マイクロは健康にはただちには影響ないって政府やテレビが言っている」、というのを目安にしてしまっています。むしろ、「大丈夫だという政府のお墨付きがほしい」というぐらいです。

 私は、郡山の生まれ育ちで、両親や親族の大半が郡山近辺、そして福島市にも伯父・伯母がいます。しかし原発危機を理由に避難した親族はいません。親にも退避すべきだと何度か言いましたが、「もう歳だから」と。「でも、お隣さんには小学生の兄妹がいるじゃないか。どうしてる?」と聞くと、「あの子どもたちはずっと家の中にいるようだけど、近所のほかの子たちは普通に外で遊んでる」とのこと。
 今朝も父親からメールをもらい、「このあたりは昨日から小学校が始まった。今朝もランドセルを背負った小さな子どもたちが家の前を通って登校していったよ」、と。胸が押し潰されそうな気持ちになります。

 仙台でも、一部気にしている人と、そうでない大半の人とのギャップは埋めようがありません。むしろ、「復興ムード」となっているところに、原発・放射能の危険について話題に出すことは、復興に水を差す行為であり、原発はタブーに近くなっています。
 皆川によると、小学校の担任の先生は、「心配ですよね」と理解は示すけれども、学校として何か調査や対策をすることはないと言い、隣の小学校に通わせている親によると、そこの担任は、一切聞く耳持たずという感じだったそうです。こちらの心配を伝え、先生の意見を聞くだけでも、と思ったら、その話題はお断りという態度を露骨に示したとのこと。

 宮城や福島ではこの話題が受け入れられる余地が本当に狭い。第一に、生活復興が最大の関心で、原発まで気にしていられない。第二に、離れたくないから、原発の話題は余計。第三に、政府の指針以外に、それに反して自分で判断しない。そんな風潮が感じられます。

「がんばろう日本」という奇妙なキャンペーンがCMを占有し、(とくに東北地方では)番組の震災ネタは復興美談が多くなっています。「ニッポンが一つのチーム」? 責任主体を問う声はますますあげにくくなり、危機を訴える声は届きにくくなっています。
 国策としての原発がかかえてきた、ローカル/ナショナル/グローバルな諸次元が絡む利権と差別の構造が、小さな人びとの生活を根底的に破壊してしまう。私たちはそのことを目の当たりにし、どう行動するのかが問われています。

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