早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 京都・神戸での出来事/甲府移住か?/世田谷で話します

<<   作成日時 : 2011/08/24 18:50   >>

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原発震災でご心配くださっているみなさま

 早尾です。


1、京都・神戸での出来事

 ご無沙汰しています。お盆を挟んで、10日間ほど京都と神戸で疎開中の子どもと過ごすとともに、福島・宮城からの自主避難者たちの集いをもったり、東日本大震災についての学術フォーラムに参加したりしていました。

 我が子はいたって元気で里親さんのところでも落ち着いていました。アトピーを悪化させていましたが、それも私が神戸で通院させ改善。もはや福島・宮城では入れないであろう海に行ったり、野球や映画を見たりと、普通の夏休み気分を味わえました。途中から皆川も合流し、久しぶりに親子3人で一週間を過ごすことができました。最後、里親さんのところに戻す別れ際も、「じゃあね〜、またね〜」というノリで軽く。

 その後私は、再度神戸に戻って、「公共哲学フォーラム」とかいうところに参加。東日本大震災をテーマにした三日間にわたる総合討議の場に、私には、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」のメンバーとして参加要請がありました(「子ども福島」の代表からの指名で)。
 ところが、そこに集まったのは、被災地を代表する参加者のほとんどが、東北大学と東北学院大学の教授たち。つまり誰も避難・移住経験者などいないのです。僕はそこでいったいどんな発言を求められていたのか。とても一人浮いている気がして、誰にも問題を共有してもらえなさそうな気がして、黙ってしまいました。
 でも、座長が、「東北の海の幸、山の幸の豊かさの真の復興を」なんて悠長な発言をしたところで、何かがキレました。原発が収束もしてなくて、消えない放射性物質がまき散らされたままその除染の道筋も何も示されてなくて、そして人は被曝させられ続けているのに、どうしていま復興がそうたやすく語ることができるのか。そんな「豊かさ」が完全に失われてしまったのだという絶望が足りないのではないか。もう人が住めない土地も広がっているし、僕らが生きているあいだに収束なんかありえないし、これから食品汚染は広まっていく。
 その土地はひとまずは棄てるしかない、そうすることでしか、とくに被曝の影響を受けやすい小さな子どもは守れない。もしかすると戻ることができないかもしれない。今度の大震災の本当に特異なことを考え語るには、地震の大きさでも津波の大きさでもなく、また原発の技術論や脱原発のエネルギー論でもなく、「故郷喪失/故郷剥奪」こそが核心になければならない。日本の近現代史のなかで、いま初めて、先端技術の被害による大規模な「国内難民」が発生しているのですから。
 そんなことを語ってきました。(この僕の発言で、それまでは専門家の方々の粛々とした報告と質疑だった場が、感情的な反論も招いてギスギスと荒れてしまいましたが、たぶんそれが僕の役割だったのだと思います。)

 なお、余談ですが、住田健二・元原子力安全委院会委員長代理という人も参加しており、厚顔無恥なことに、「公害をもたらしたのは原発だけではない」とか、「太陽光発電はいいとみな言うが、太陽も核反応には違いない」とか、「放射性廃棄物のことはまず暫定的に先送りにすることにして」とか、「被曝労働者の存在は前提かもしれないが、あらゆる産業が底辺労働に支えられている」とか、もう支離滅裂で浅はか極まりない発言をしており、あきれ果ててしまいました。
 ま、こういう人間の本音を直接生で聞けたという意味では貴重な経験ではありましたが、正直、温厚な笑顔とともにこういうこと、つまり、へ理屈で、しかし残虐きわまりないことを無自覚に語られると、心底胸クソ悪くなりました。


2、甲府移住か?

 昨日、甲府市に初めて行ってきました。子どもと移住するための下見です。行き帰りは、大学の研究室を発着として通勤時間も計算。

 中央線特急「あずさ」に乗って、八王子から先、甲府までノンストップで一時間。途中で、秘境かという山岳・渓谷を通り、長い長いトンネルを通り、ひたすら西へ西へ。辿り着いたのはこじんまりとした地方都市。
 時間的にはこんなものかと思いながら、まっすぐ延々と西に行ったことで、その距離感が「安心感」になりました。
 甲府駅には、おしゃれな水晶玉をあしらった、放射線量の表示物があり、そのときそのときの値を示しています。だいたい0.03〜0.04(マイクロシーベルト)台で推移していました。これは震災以前と変わらない数値で、たとえば仙台の半分以下。

 駅前でまずB級グルメグランプリの鳥モツ。甘すぎでガッカリ(笑)

 市役所・教育委員会などで学校のことなど確認、地元不動産屋で物件情報を出してもらい、ネットで出てくるもの以外のいいものがないか探り、あとは街の雰囲気を知るためにブラブラ。ちょっと南アルプス市までタクシーで飛ばしてもらったり。

 なかなかいいかもしれない。気持ちはかなり甲府に傾いています。
 いずれにせよ、そうそう長く、子どもを親元から離して京都というのもどうかと思います(京都は本当に素晴らしいですけれども)。
 遠からず決断をすることになると思います。


3、8月28日に世田谷で話します

 講演会ではなく、小さめに集まって、気軽に話せるような場になればと思っています。

(案内転載)
 早尾貴紀さんを囲んでお話会を28日夜7時から烏山区民センターでやります。
 大地震時は仙台在住。原発爆発直後、お子さんを連れて関西に避難しています。
 その体験や今考えていることなど、講演会というよりはもうちょっと身近な感じで伺います。お誘い合わせてどうぞいらしてください。

 世田谷区立烏山区民センター第6会議室
 (京王線千歳烏山駅下車すぐ)
 8月28日(日)午後7時〜9時
 参加費カンパ 500円お願いします(コピー代、謝礼)

 早尾貴紀(はやお・たかのり)さん
 原発震災被災者・避難者、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークのメンバー。福島県に生まれ、宮城県で育つ。大地震時は仙台在住。原発爆発直後、子どもを連れて関西に避難。現在、関西・東京・福島・仙台を往復。
 東京経済大学専任講師、東京大学共同研究員。専門は社会思想史・民族問題、パレスチナ/イスラエル研究。
 原発震災関連での文章に「原発大震災、『孤立都市』仙台脱出記」(『現代思想』2011年5月号)、「内部被曝と植民地主義−福島とアメリカ」(『インパクション』180号)。
 ブログは「早尾貴紀:緊急、原発震災関連」:http://hayao2.at.webry.info/



4、映像アーカイヴ(youtube)の紹介

 8月14日にNHKで放送された「こころの時代 シリーズ 私にとっての3・11 フクシマを歩いて 作家・徐 京植」が、youtubeで観られます
(しかし、youtubeのNHKの番組は頻繁に削除されてしまいますので、お早めにご視聴ください。)

 http://www.youtube.com/watch?v=lq4xuXFKlDk

(番組案内より)
 緊急時避難準備区域に指定された南相馬市では、耕作禁止の田でひとり草を刈る農民や、隣近所が「自主避難」を始める中で介護が必要な妻とともに動こうとしなかったスペイン思想研究者に出会います。
 小学校の校庭汚染が大きくメディアにとりあげられた郡山市では、報道にあらわれてこない朝鮮学校の子供たちの今、そして、福島に「根」をおろして暮らす韓国・朝鮮人の歴史(郡山市郊外の高玉金鉱山)などを訪ねます。
 この原発事故は、日本の社会の何をさらけ出して来たのか―。
 今、私たちに問われていることは何なのか―。
 徐京植さんへのロングインタビューと、福島への同行取材ロケのVTRを織り交ぜながら、考えてゆきます。
 担当/NHK制作局文化福祉番組部・衛星放送センター


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