早尾貴紀:原発震災関連

アクセスカウンタ

zoom RSS 「放射能からいのちを守る全国サミット」を福島で開催することについて

<<   作成日時 : 2012/02/05 07:06   >>

トラックバック 0 / コメント 0

「放射能からいのちを守る全国サミット」

 被曝地の内部では、不安だけれども、避難したいけれども、それがなかなかできない。被曝地の外側では、心配して受け入れ支援をしたいけれども、なかなか内部につながれない。そういう困難を乗り越えるために、受け入れ支援をしている諸団体を招いて、全国サミットが福島市で2月11日、12日に開催されます。
 詳細は実行委ブログにアップされていきます。
 
 とくに二日目の12日には、避難や保養の相談を受け付けるブースを集めた相談会を開催しますので、もし情報を流せるところがありましたら、宣伝ご協力お願いします。

 ところで、このサミットを放射線量の高い福島市で開催し、人を集めることについて、一部批判が出ていることを知りました。ツイッターなどでも流れていたので、反論する形で、私の考えるところをツイッターで書きました。140文字区切りで何通かに分けましたので、それを以下にまとめます。


 木下黄太氏が「放射能からいのちを守る全国サミット」を被曝地・福島での開催としたことを批判している件について。彼の仕事も評価しているし、彼の懸念も一定同意した上で、やはりこの手の批判については、福島や周辺の被曝地からの「動くに動けない困難さ」を理解できていないと言わざるをえない。

「放射能からいのちを守る全国サミット」は、出るに出られないでいる福島の人たちに、全国で被曝地を出るためのさまざまな受け皿を持っている人たちが、直接に出る方法を被曝地の内部に自ら入って伝え、福島の人たちに直接繋がるための、その第一歩。

 外側からやきもきしていたり、キャンキャン騒いでいたりするだけでは、不安や不満を抱えながら被曝地に住み続けてきた人たちに響かない、伝わらない。まさに「被曝地を出るため」に、受け入れ支援側が直接足を運ぶこと、面と向かって避難相談を受けること、福島の空気を直接感じること。これが大事。

「被曝地を出る」ためのイベントが基本なのであって、駅伝大会をするとか、コンサートをするのとは次元が違う。それを、木下氏のように、被曝地に人を集めるのは本末転倒と切り捨てるのは、あまりに短絡。すでに避難の動きは滞ってしまっている。外から心配したり煽ったりするだけではまったく不十分。

 この行き詰まりをどう打開するのか。狂った安全キャンペーンで留め置かれている人たち、インターネットの避難情報だけでは繋がれない人たち、就労やローンなどの諸条件に縛られて動けない人たち。そういう人たちにどう向き合って、避難への第一歩に踏み出せるようにするのか。これがサミットの原点。

「放射能からいのちを守る全国サミット」の最初のアイディアから見聞きしてきた人間としては、イメージと異なる形になってきていて違和感もつ部分もあるけれども、「出る」ことが困難な現状や、それを打開するための必死の努力を理解せずに、外から短絡した批判を受けるのは耐え難いものがある。

 その被曝地・福島に、人は住み、生きている。自分では動けない子どもたちはそこで日々被曝させられている。そのことを心配し、出ておいでと呼びかける人たちはたくさんいても、その声は外からは容易に内部には届かない。では、直接届けることを試みるしかないではないか!

 その地に住まわされつづけ、毎日命を削り取られている子どもたちがいる。極限的な不条理。その理解し難い現状を知り、そしてその状況を打開するために、そこに入って、子どもたちの手を取りいっしょに避難する可能性を探るために、一日か二日、支援者が福島に入ることを、本末転倒と批判することが本末転倒。


(以上、自分のツイッターからの転載おわり。
アカウントは@p_sabbarです。)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

「放射能からいのちを守る全国サミット」を福島で開催することについて 早尾貴紀:原発震災関連/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる