早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 須賀川での保養・避難相談会を終えてーー3・11から一年の重み

<<   作成日時 : 2012/03/05 06:22   >>

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 須賀川相談会にご協力くださったみなさまに、心から感謝いたします。

 須賀川という、福島・郡山と比べて小さな町、危機感の低い町で、しかも相談会単独の開催で、いったいどこまで来場者があるのか心配でしたが、ちょうどどこのブースとカフェスペースにも、つねに人が入れ替わり座っていって、順番待ちの列ができることもなくなく、暇になることもなく、適度にあちこちの相談を受けることができて、よかったと思います。概算で50人ぐらいだったでしょうか。
 須賀川、白河、郡山の参加者が多く、狙いどおり、いや、白河からの参加者からは、「福島市でのサミット相談会は知っていたけれど遠くて行けなかった。須賀川開催で本当によかった」と言われ、とても嬉しかったです。

 また、この相談会にご協力くださったみなさんのバランスも絶妙で、遠くは北海道から九州まで、近場で山形と宮城、内容も移住支援もあり週末保養・キャンプもありで、いろいろな受け入れ支援の形態を提示することができました。みなさんからのご協力、ありがとうございました。

    *    *    *

 以下は、私自身の受けた相談の報告です。

 何人の相談を受けたか分かりませんが、だいたいお一人20〜30分、11時から15時まで、ほぼ絶えることなくずっと相談者がありましたので、10人ぐらい相手をしたと思います。全員が女性、うち一人は独身、二人は夫づれでしたが夫は話には入ってきませんでした。中抜けしてお昼を食べる時間もありませんでした。

 山梨・甲府として相談を受けるというよりも、そもそも移住すべきなのかどうか、郡山・須賀川・白河などの汚染度をどう判断すればいいのか、可能性としてどういう移住先があるのか、どうしても移住ができない場合は、保養キャンプはどれだけ有効で、どういう選択肢があるのか、そういったところから相談を受けていましたので、なんかずっと中央のカフェスペースで不安を聞いたり、私自身の体験や判断を話したり、知っている事例を紹介したり、そしてみなさんのブースを紹介したりしていました。
 逆に、他のブースから、「子ども疎開の可能性なら早尾に聞け」とつないでくださったのが二件、さらにそばでその話を聞かれていて相談に加わった方が一件、計三件の子どものみの疎開の話を受けました。私が具体的につなぐことができるのは、京都と秋田、それから私自身のところでの引き受け可能性も入れると山梨。子どもだけでのホームステイないし里親としての受け入れの、メリットと負担を率直に伝え、本気で考えているなら、そして子どももそれでいいというなら、電話かメールをください、と言いました。

 もうすぐ一年。やはり動けなかった一年間の後悔、毎日毎日神経をすり減らしてきた疲労、今後も移住は難しいだろうという諦め、でも不安は消えないからこそあえて足を運んできたかすかな希望。口を開けば相談者の目から涙がこぼれることもままありました。
 具体的な提案ができることも大事ですが、カフェとして不安を吐き出す場になることも必要だとあらためて痛感。

 移住に踏み切れない背景として、やはり夫の反対・無理解を挙げる人が多くいました。夫の反対は、そのまま経済事情にもつながることです(勝手に出ていったら仕送りしないということ)。

 春休みキャンプが足りないという指摘が二件。抽選で外れた、すでに定員で締め切っていたということで、まだどこのキャンプにも決まっていない、とのこと。キャンプ需要の高さに比べ、夏キャンプほど実施数が少ないという印象です。いくつかのキャンプを紹介しましたが、そこも直接問い合わせをしないと現状で空きがあるかどうか分かりません。
 最後の手段として、キャンプじゃないけど、甲府の私の家で春休みをうちの子どもたちと過ごしてもいいよ、という提案もしました。どこのキャンプも見つからなければ、来るかもしれません。

 範囲外ですが、除染の可能性についても一件聞かれました。逆に、町内会の仕事をされている方から、除染の問題も聞きました。住んでいる以上、気休めでも除染をしないわけにはいかない。けれども、実際の有効性を考えると、端的に意味がないどころかかえって危険性を高めてしまう。というのも、実態としては、住民に「丸投げ」して素人除染をさせていますが、何度やっても、毎度すぐに線量は元に戻ってしまう、とのことでした。
 ちょうど手元にその日の『福島民報』があって、その県南版に、「鏡石町(須賀川の隣町)で町民が洗浄機とデッキブラシで除染、1割の線量低減に成功」というトンデモない記事が写真入りで紹介されており、これを「成功」と報じていることに愕然としました。この記事は要するに、素人除染は不可能で、むしろ放射性物質を散らかしてしまうだけになるという意味だ、と私は判断しています。減った1割は隣の空間や土地に移動させただけのことですから。
 3・11から一年も経って、まだこんなことをしているのかと、異世界の感覚です。しかしこれこそが汚染地の日常。毎日こういう除染、復興、除染、復興の記事ばかり読まされていたら、こっちが当たり前になってしまいます。だからこそ、一歩外に出てほしい、と、強く願わざるをえません。

    *    *    *

 福島市・郡山市での開催に比べて、いちばん難しい地域で相談会をやったと思いますが、それでこれだけの規模で実施できて、ちょうど対応可能なキャパの来場者があったということに、手応えも感じましたし、やってよかったと思いました。みなさんのご協力なしには、何もできませんでした。心から感謝いたします。

 今後のことは、郡山相談会をやってみて、今回の福島市から始まった連続の相談会を振り返り、3・11から一年を過ぎて、そして春休みが終わり、新年度になってから空気がどう変わっていくのかを見ていかないと、私自身はイメージがつきません。何ができるのか、何ができないのか、どこに糸口があるのか、ブースを出されたみなさんと、相談に来場されたみなさんといっしょに考えていければと思います。

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