早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 陜川非核・平和大会参加報告

<<   作成日時 : 2012/03/26 16:32   >>

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原発震災でご連絡くださったみなさまへ

 韓国から帰国しました早尾です。
 昨年3月以来、不定期でBCCでお送りしているメールです。

 韓国の「2012 陜川(ハプチョン)非核・平和大会」報告です。
 大会二日目の世界核被害者証言集会で証言者&司会者を務めました。

 私の証言のほうは、用意した原稿に若干加筆訂正したものをブログにアップしました。以下のページです。お読みください。
 http://hayao2.at.webry.info/201203/article_7.html

 その他の証言者の話はとても印象深いもので、全体が濃密で貴重な機会になったと思います。

 ビキニ環礁の核実験というと、日本人は第五福竜丸のことしか思い出さないでしょうが、そこを追い出された先住民がいて、しかも米国政府が「安全」宣言をして住民が帰還した10年後になって調査をしたところ、なお高濃度の放射能汚染が残っていることがわかって、再度避難・移住をさせられたとのこと。これは、しきりに帰還宣言をしている福島の姿と重なります。同じことが繰り返されることになるのでしょうか。

 チェルノブイリで活動している人の証言では、25年経っても汚染が低減していないこと、政府は住民の被曝や食品汚染に対して実効的な対策を打てないでいること、科学者たちは人命をもてあそんでデータ収集しかしないこと、それゆえ住民は受動的な被害者であることを脱して自ら行動しなければならないことを強調していました。これもまさに福島の先例です。

 地元陜川(ハプチョン)の広島ヒバクシャは、日本政府からも韓国政府からも被害者として正当に扱われず、しかも二世・三世に受け継がれる健康被害を引き起こしていることを訴えていました。国民と外国人という線引きを被害者のなかに持ち込んでいる日本政府の問題がありますが、被爆時は彼らは植民地出身の「日本人」。にもかかわらず切り捨てられたわけですから、東北地方の切り捨てを予想させます。

 福島からは武藤類子さんが、静かな口調で、福島のなかがどれだけ分断されてしまっているのか、切々と語りました。気休めの除染パフォーマンスによって、避難と賠償を否定された住民が土地に縛りつけられたまま、疑心暗鬼になり、互いに反目させられ、疲弊させられ、心が折れかかっています。
 同時に武藤さんは、3.11以前から廃炉運動をしてきたにもかかわらず原発を止めることができずに世界に汚染を広めてしまったことを謝罪し、そしてエネルギーを過剰に消費してきた文明の野蛮を悲嘆されていました。


 私たちは本当に罪深いことをしてきてしまったと思います。ほとんど絶望するしかありません。しかし、それでもなお生きようとする私は、欲深く穢れているのでしょう。そして圧倒的な放射能汚染の前で、無力で、ただ逃げるしかありませんでした。

    *    *    *

 司会者としての発言は、その場で話したことを、あとでザッと書き起こしてみました。それもブログにアップしました。以下のページです。
 http://hayao2.at.webry.info/201203/article_8.html


 この絶望のなかで、しかしかろうじて見いだしえた小さな希望のひとつは、陜川(ハプチョン)で人々が世界中から集まれたということだと思います。そこで共感共苦し、連帯し、手を取り合う未来を思い描くこと。
 核とヒバクの問題が世界的・世界史的問題であるのであれば、核とヒバクの問題の克服もまた世界(史)的な視野でしか見いだせないのだということを陜川で確信しましたし、生きていくにはここに集ったような人たちと手を取り合うしかないし、そこにわずかな希望があるのだと思いました。

    *    *    *

 基調講演をされた、福島出身の高橋哲哉さん。「フクシマを歩いて」の番組の上映とトークをされた在日朝鮮人の徐京植さん。その対話の相手をされた韓洪九さん、洪成潭さん。ヒバクの問題を国民主義に回収することや、核問題を国家主義的に推進することに対して、根底的な批判を提示されました。
 その他、多くの発言者のみなさんが、真摯な発言を重ねられ、「非核・平和大会」にふさわしい雰囲気ができました。


・大会の日本語の案内掲示板
 http://cafe432.daum.net/_c21_/bbs_list?grpid=1P6vp&fldid=QlPD

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