早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 保養キャンプの意義について

<<   作成日時 : 2012/09/03 08:15   >>

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 夏休みの保養キャンプの季節が終わりました。放射能汚染地帯に帰っていく子どもたち・家族連れを見送るにつけ、不条理な思いをかみしめています。

 そうしたなか、やや批判的なトーンで、「放射性物質の体外排出には最低でも一ヶ月以上外に出ていないと保養の意味はない」という意見が某MLに流れてきました。善意の方の問題提起ではあるのですが、しかし、では数日から一週間かそこらの短期キャンプには意味がないのか。僕はそうは思いません。

 たしかに、チェルノブイリ原発事故の経験から言われている「保養」というのは、放射能汚染地帯から避難移住できない人が、定期的に一定期間、安全圏に出ることで、体内に蓄積された放射性物質を排出し、身体を被爆から守る、回復させる、ということを指します。
 核種によって、そして年齢によって、「体内半減期」は異なりますが、セシウムについて言えば、新たに取り込むのが止まれば、およそ1〜3ヶ月ぐらいで、体内蓄積量が半分になると言われています。小さい子どもほど新陳代謝による排出が早いので、子どもなら1ヶ月程度の保養が必要ということになります。
 しかし、丸々1ヶ月も保養に出られる子どもないし親子連れは、そうはいないでしょう。親の付き添いが必要な未就学児なら親が仕事を1ヶ月も休むことはできませんし、また子どもだけでキャンプに参加できる年齢なら学校行事や部活などがあります。そして、1ヶ月も家を離れる準備をすることも、慣れない環境で過ごすことも、当事者にとって負担だと思います。
 他方で、1ヶ月もの期間で保養企画を立てて受け入れ体制を整えることができる団体も、そうそうないでしょう。人手、体力、場所、資金、すべてキツくなります。僕の知るかぎり、この夏4週間近い長さで保養キャンプを実施したのは、ほんの2つか3つぐらいです。

 そのために、多くの保養キャンプが、参加する側の事情と受け入れる側の事情、双方のために、大半が3泊〜7泊ぐらいの範囲に収まっています。現実的に無理しないで可能なのが、それぐらいだということだと思います。

 しかし、その数日間で、多くのものが得られます。
1、外との繋がり。汚染地帯の外部に顔見知りができること。具体的に知っている人が、「またおいで」と言ってくれること。
2、汚染地帯の親どうしの繋がり。しかも、放射能は怖いと思っていても地元では共有できる人がいない、という人も、同じ思いで保養に参加した親どうしは、不安も共有しているので、話がしやすいということがあります。
3、子どもにせよ親にせよ、心のリフレッシュ。食べ物や環境汚染を日々気にし、気にさせて暮らしているところから、短い期間でも気にしないで済む場所に出て、気持ちを解きほぐすこと。
4、移住の下見になったり、あるいは移住のイメージをつかむこと。具体的にここへと決めて下見をする人もいますが、それ以前に、とても移住なんて考えられないという人も、実際に保養で外に出てみて、気持ちが動くこともあります。
5、外側から冷静に汚染や被曝を見つめなおすこと。毎日放射能汚染地で暮らすことは、慣れることだったり気にしないフリをすることだったりします。直視するには距離が必要なこともあります。

 こうしていろいろな契機を得て、何か次への一歩につながるかもしれません。もちろん、必ず次の段階を考えてないと保養に参加してはならないということではありません。そうではなく、とにかくいったん出るだけ出てみたら、何かが心のなかで変わることもある、ということです。あるいは、子どもであれ親であれ、友だちができてまた来たくなる、何度か来て親交を深める、そんなこともあります。

 「保養」と言うと、放射能を体から抜くことだけが問題ではありません。周囲にしたり顔で保養と被曝の解説をする人がいるかもしれませんが、小さな一歩に大きな可能性があるのだということを、ぜひ知ってほしいと思います。

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