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早尾貴紀:原発震災関連
ブログ紹介
福島県に生まれ、宮城県で育ちました。大地震時は仙台在住。原発爆発直後、子どもを連れて関西に避難。関西・東京・福島・仙台・札幌などを往復しながら、避難・疎開の支援活動。いまは甲府に移住しました。原発震災関係で、私が直後から発信し続けているメールなどをここに掲載します。避難相談、個人的に受け付けます。連絡先:p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp
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「早尾貴紀、原発震災関連」の【もくじ】

2012/05/18 18:07
最新→「矢ケ崎克馬氏 in 甲府、東京、仙台、福島」

(5月)
・5月17日「矢ケ崎克馬氏 in 甲府、東京、仙台、福島」
・5月15日「二本松・伊達で保養・移住相談会(6/2,3)」
・5月4日「避難・保養相談会の展開/カンパ報告」

(4月)
・4月29日「山梨での受け入れ活動、近況」
・4月28日「たくきよしみつ『3・11後を生きるきみたちへ』を読む」
・4月26日「5/19学術フォーラム「フクシマの問いにどう応えるか」」
・4月25日「6月2・3日に伊達・二本松で相談会、参加団体募集」

(3月)
・3月26日「陜川非核・平和大会参加報告」
・3月25日「陜川非核・平和大会・世界核被害者証言集会司会挨拶」
・3月24日「陜川非核・平和大会・世界核被害者証言スピーチ」
・3月22日「韓国・非核平和大会/汚染と除染の現在」
・3月19日「3.11から一年/早川町での受け入れ/福島と沖縄」
・3月7日「須賀川・郡山相談会/いのち・むすびば/カンパお願い」
・3月6日「3・11集会「放射能からいのちを守る山梨ネットワーク」」
・3月5日「須賀川での保養・避難相談会を終えて」
・3月4日「福島市や須賀川市での相談会に参加しそびれた方へ」

(2月)
・2月24日「3/3、3/10二週連続で保養避難の相談会(須賀川・郡山)」
・2月21日「3/3須賀川、3/10郡山、避難・保養相談会、参加団体募集」
・2月8日「避難・保養の大相談会(福島)に来てください!」
・2月5日「放射能からいのちを守る全国サミット」福島開催問題
・2月3日「放射能からいのちを守る全国サミット」避難相談会

(1月)
・1月31日「須賀川市の実家のある町の深刻な汚染状況」
・1月29日「子ども疎開を支えてくださった里親さんの文章」

(12月)
・12月12日「矢ケ崎克馬氏講演会@国分寺12月17日」
・12月6日「甲府一ヶ月/仕事の再開/避難支援の現在と今後」

(11月)
・11月24日「冬休み保養:miraiキャンプ@長野県諏訪郡/二次募集」
・11月21日「『イオ』12月号の「ブロガーズ@io」で当ブログ紹介 」

(10月)
・10月31日「11/5、11/6、避難・疎開 相談会@福島・郡山」
・10月14日「引っ越し/福島で避難相談/京都・宇治で話します」
・10月12日「10/16、原発震災・避難支援について宇治市で話をします」
・10月7日「10月10日、生活村など福島市で避難疎開の相談を受けます」

(9月)
・9月30日「須賀川から/疲弊と帰郷/矢ケ崎氏の分析/避難先」
・9月29日「日本復興支援事業の社宅+就労情報」
・9月24日「ちいさなたび企画/廃墟と難民キャンプ/10.1森下で織る」
・9月11日「エルサレムで「難民」を考える/10.1に江東区で話します」

(8月)
・8月24日「京都・神戸での出来事/甲府移住か?/世田谷で話します」
・8月13日「夏の甲子園大会/カンパの会計報告/徐京植氏がTVで語る」
・8月4日「NHK8/14放送「フクシマを歩いて 作家・徐京植」」
・8月2日「急ぎ追加募集『Welcome CAMP 2011〜石川」

(7月)
・7月25日「7/31に宇治で「被曝」と「棄民」を主題に話します」
・7月24日「早尾貴紀、7/29名古屋公演「世界ヒバク状況を生き抜く」」
・7月21日「子どもの疎開生活/矢ケ崎氏内部被曝講演/汚染牛と宮城」
・7月20日「前期講義終了/地下大学アーカイヴ/名古屋大学講演案内」
・7月14日「児童福祉施設子ども支援/矢ケ崎in仙台/我が子疎開生活」
・7月13日「被災地の子どもを沖縄へ*ティーダキッズプロジェクト」
・7月12日「4ヶ月目の妄想/カンパ終了・お礼/地下大学案内」
・7月8日「長野県小諸市で子どもキャンプ参加者募集8/2-8/8」
・7月7日「最高の言葉/カンパ/乳幼児・妊産婦支援」
・7月5日「子ども再疎開/カンパのお願い/思考と言語化の困難」

(6月分)
・6月26日「諏訪でアーティストたち子どもキャンプ」
・6月24日「石川県小松市で、子どもキャンプ参加団体募集」
・6月17日「原発震災関係、何ヶ所かで話したり書いたりします」
・6月10日「自主避難狭まる/汚染広まる/我が子再避難」

(5月分)
・5月31日「避難を迷っている親御さんへの手紙」
・5月25日「矢ケ崎講演報告/小学校懇談会/避難ネットワーク」
・5月19日「避難相談について/連絡求む/特殊な避難支援」
・5月17日「身近な放射線量測定/内部被曝について」
・5月10日「矢ヶ崎克馬氏、内部被曝の講演会(5/17、郡山)」
・5月9日「こどもキャンプ終了/矢ヶ崎克馬氏講演/帰郷」
・5月1日「京都と福島との集会で/『現代思想』大震災特集」

(4月分)
・4月30日「郡山の闘い/京都キャンプ始まりました」
・4月27日「小学校丸ごと集団疎開/避難受け入れ情報、随時拡充!」
・4月26日「福島での集いを受けて/京都キャンプ計画進行中」
・4月25日「GW「福島←→京都 こどもキャンプ計画」参加者募集中」
・4月24日「仙台・福島での集い/ネット署名のお願い」
・4月23日「福島県でお子さんをお持ちの方々へ:避難とその支援」
・4月22日「文科省・安全委員会の驚きの対応/今日の朝日新聞」
・4月19日「福島の子どもたち/ブログ/NHK京都の番組案内」
・4月16日「基準変更の恐ろしさ/福島への要請/デモ・集会の案内」
・4月12日「京都の集まり/子どもの転校/福島関係でお願い」
・4月10日「原発情報/デモ情報/ML案内」
・4月9日「福島、女川の両原発に挟まれた仙台の現状」
・4月7日「仙台に一時「帰郷」中に2度目の大地震!」
・4月5日「新年度・新学期の悩み/京都の集い」
・4月2日「東京に移動しました/一家離散?」

(3月分)
・3月29日「神戸の集会を終えて」
・3月26日「神戸で集まりをもちます/先の見えない被害と避難」
・3月24日「大阪でのミーティング/なお続く危機的状況」
・3月23日「避難者たちの集まりと原発について一つの見解」
・3月22日「自分の子どものケア」
・3月20日「さまざまなターニングポイント」
・3月19日「今日も二台をチャーターしました」
・3月18日「みなさまにお礼/脱出にともなうさまざまな困難」
・3月17日「脱出にあたって協力のお願い」
・3月16日「福島・宮城からの退避を」
・3月15日「仙台を緊急に脱出して大阪に避難してきました」
・3月14日「早尾より、無事の連絡」
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矢ケ崎克馬in甲府、東京、仙台、福島/二本松・伊達で相談会

2012/05/17 18:05

1、矢ケ崎克馬さん、今週から来週にかけて連続講演

 原発事故直後から、いろいろお世話になっている、内部被曝の専門家である矢ケ崎克馬氏が、明日金曜日から来週にかけて、甲府、東京、仙台、福島で講演をされます。

 招聘のメインは、19日(土)の東京経済大学でのシンポジウム。
 沖縄、広島との長い関わり、そこから生まれてきた強い信念。初めて矢ケ崎さんのライフヒストリーをメインで語っていただきます。
 「フクシマの問いにどう応えるかーー東アジア現代史のなかで」
 講演者:矢ケ崎克馬、高橋哲哉、韓洪九、権赫泰、丸川哲史、山内明美、李杏理
 コーディネーター・司会・コメント:徐京植、早尾貴紀、戸邉秀明
 詳細は以下:http://hayao2.at.webry.info/201204/article_2.html

 最近もまた、原発の存在を根底から考え直させられる機会がありました。
 朝鮮戦争の直後、1954年に原発の導入と自衛隊創設が同じ年に決まりました。
 アメリカが東アジアで戦争をするために、それを支える友軍(道具)として日本に軍隊と核を、と言ったら抵抗があるかもしれないので、自衛隊と原発を導入したのですよね。「平和のため」というソフトな装いでもって。それが同時に私たちの生活のなかに送り込まれたし、また私たちもそれを許容してきてしまいました。
 温厚な矢ケ崎さんに熱く語っていただきたいと思っています。その他、重要ゲストが並びます。当日中央線の工事が入るので少し不便するかもしれませんが、なんとかなります。ぜひご参加を。

 19日東経大の前日、もう明日ですが、18日に甲府入り。「いのち・むすびば」で講演していただくことになりました。矢ケ崎さんはいつも柔軟に対応してくださいまして、ありがたいです。
 18日(金)の夜、甲府です。詳細は以下。
 http://inochimusubiba.blog.fc2.com/blog-entry-18.html

 19日の東経大のあとは、仙台で20日(日)に。
 http://sokuteimiyagi.blog.fc2.com/blog-entry-60.html

 24日(木)は、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの主催で福島市講演。
 http://ameblo.jp/datsugenpatsu1208/entry-11246440202.html


2、二本松市と伊達市で保養・避難の相談会をします

 福島・郡山・須賀川と続いた相談会活動、今度は二本松と伊達でおこないます。
 福島市に隣接しつつも、相談会活動などの取り組みの遅れていたこの地域で今度の開催を決めました。全国から20団体が結集します。
 相談会を開催すると同時に、全国の受け入れ支援団体どうしの交流、そして地元の人たちとの交流の場も設け、顔の見える関係で、長期的な関係の構築を目指します。

 【日程・場所】
 6月2日(土) 13時〜18時
  二本松市 市民交流センター 多目的室

 6月3日(日) 10時〜15時
  伊達市 保原中央公民館 大会議室

 【参加団体一覧】
札幌・むすびば(北海道)/福島の子どもたちを守る会北海道(北海道)/あさひかわサポネット(北海道)/東北ヘルプ(宮城)/毎週末山形(山形)/TEAM二本松(福島)/りょうぜん里山がっこう(福島)/福島の子ども保養プロジェクト(福島)/hand to hand project kawamata(福島)/新潟保養プロジェクト(新潟)/いのち・むすびば(山梨)/4月3日のひろば(山梨)/京都・避難者サポートネットーワーク(京都)/吹夢キャンプ(大阪)/ふくしまいせしまの会(三重)/どろんこキャラバン☆たんば(兵庫)/宝塚保養キャンプ実行委員会(兵庫)/兵庫県有機農業研究会(兵庫)/よもぎのアトリエ(広島)、など

 詳細の案内は以下。宣伝拡散の協力をお願いします。
 http://hayao2.at.webry.info/201205/article_2.html
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6月2日、3日に、二本松・伊達で保養・移住相談会、詳細確定

2012/05/15 12:38
夏キャンプ&保養移住相談会in二本松・伊達


 子どもたちに夏休みを満喫させてあげませんか?
 全国各地の受け入れ支援団体が、二本松と伊達に結集!
 夏休みのキャンプや保養企画、移住支援などについて説明します。
 放射能汚染地から離れたところで心と身体を休ませましょう。
 その他、さまざまな悩みや不安についてのお話も伺います。
 ご家族でも、お子さんとでも、お一人でも、お気軽にお越しください。

 よくある相談内容
 ♪保養や避難、防御について、家族の理解が得られない。
 ♪温度差があって、放射能の心配を誰にも打ち明けられない。 
 ♪保養や避難に関心があるが、具体的にどうしたらいいか分からない。


【日時・場所】

  ★6月2日(土) 13時〜18時
   二本松市 市民交流センター 多目的室
   (福島県二本松市本町二丁目3ー1)

  ★6月3日(日) 10時〜15時
   伊達市 保原中央公民館 大会議室
   (福島県伊達市保原町字宮下111ー4)

【参加団体一覧】

札幌・むすびば(北海道)/福島の子どもたちを守る会北海道(北海道)/あさひかわサポネット(北海道)/東北ヘルプ(宮城)/日本の森バイオマスネットワーク(宮城)/毎週末山形(山形)/TEAM二本松(福島)/りょうぜん里山がっこう(福島)/福島の子ども保養プロジェクト(福島)/hand to hand project kawamata(福島)/新潟保養プロジェクト(新潟)/いのち・むすびば(山梨)/4月3日のひろば(山梨)/京都・避難者サポートネットーワーク(京都)/吹夢キャンプ(大阪)/ふくしまいせしまの会(三重)/どろんこキャラバン☆たんば(兵庫)/宝塚保養キャンプ実行委員会(兵庫)/兵庫県有機農業研究会(兵庫)/よもぎのアトリエ(広島)、など



【主催】:子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク
【協力】:NPO法人TEAM二本松/NPO法人りょうぜん里山学校

【問い合わせ】:070−6615−2989
    p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp(早尾貴紀)
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避難・保養相談会の展開/カンパ報告

2012/05/04 08:18
1、相談会活動の展開

 昨年秋から、「札幌・むすびば」といっしょに小さく展開してきた出張相談会活動ですが、2月福島市での「放射能からいのちを守る全国サミット」での相談会を経て、その後、3月の須賀川市・郡山市で、避難&保養の相談会を開催しました。
 その三回の相談会活動には、北海道から沖縄まで、たくさんの受け入れ支援団体にご参加くださいました。

 この相談会の「成果と課題」について各団体に出していただいたレポートを一冊にまとめました。
 これは、今後の長い取り組みとなる避難・保養の支援受け入れ活動を、どのように展開していくのかを考えるうえでの、大事な材料としてみなさんに出していただいたものです。
 以下のページからpdfでダウンロードできます。どうぞご活用ください。
http://www.e-bookland.net/gateway_a/details.aspx?bookid=EBLS12041800&c=0

 なお、この相談会活動は、確実に決まっているところでは、6月2・3日に、福島県の伊達市と二本松市で開催します。福島市に隣接するこの二市は、チェルノブイリの強制避難レベルにあたるような高濃度汚染地帯をかかえているにもかかわらず、まだこうした相談会の取り組みがなされてきませんでした。高濃度汚染地帯は福島に限らずあちこちにあるのですが、安全キャンペーンと除染キャンペーンのために、住民らは具体的に避難を相談する機会を見つけられないまま、被曝を強いられています。
 須賀川・郡山で相談会をやってみて確信しましたが、各地に直接足を運んで、面と向き合って悩みを聞き相談に応じることがどうしても必要です。
 伊達・二本松の相談会についてはすでにブース参加団体の募集を始めており、もう15団体ほどの参加申し込みを得ています。

 さらに、福島県に隣接し、同レベルの深刻な汚染地帯の広がる宮城県南部、とくに丸森町・角田市・白石市あたりを対象とした相談会を開催したいと考えています。
 放射能には県境など関係ありません。福島市とも境を接する宮城県南部は、汚染程度や被曝量では、郡山市以上にひどい地域も広がっています。ところが、地震そのものと津波による被害が最も深刻であった宮城県では、知事の音頭取りとともに「復興」一辺倒で放射能汚染は否認されてしまったこともあり、避難や保養の取り組みがずっと遅れてしまいました。
 数日前の新聞記事で、白石市の保育園や公民館の除染が始まったとのこと。0.5マイクロシーベルト以上の場所を、国基準の0.23以下に下げることが目標だそうです。
 一年も経ってからです。一年間、ただ被曝させたままでいて、いまになって、0.23を目標に除染。もちろんそこに生活している以上は除染に意味はあるとはいます。
 しかし、なぜ避難や保養の取り組みがなかったのか、なぜいまからでもやらないのか、除染と同じぐらいの予算をかけたら、どれだけたくさんの子どもたちにキャンプの機会をつくれるのかと思います。(0.23マイクロ/時を切ったところで、おそらく2000ベクレル/kg前後の土壌汚染は残ります。はたしてそれで安全と言えるのか。)
 ということで、自分たちでやるしかありません。相談会、宮城県でもやりたいと思います。


2、カンパ報告

 3月に呼びかけました、避難・保養活動をしていくための活動費カンパ、たくさんの方にご協力をいただきました。厚くお礼を申し上げます。
 すでにカンパをくださいました方にはお礼のメールを差し上げましたが、活動報告も兼ねて、カンパの用途の概要を記しておきます。

【下記の保養プロジェクトにそれぞれ15〜30万円を拠出】

 1、「母子保養プロジェクト・ちいさなたび」(宮城、代表:ゆんた美樹子さん)
 2、「新潟保養プロジェクト」(新潟、代表:須藤美都子)
 3、「田沢湖のびのびキッズプロジェクト」(秋田、代表:瀧原恵実子さん)
 4、「いのち・むすびば」(山梨、代表:小河原律香さん)
 5、「いわきの子ども達と里山で夏休み」(京都、代表:松尾圭子さん)=拠出予定

 1は、幼児を抱える母親に対するケアも含めた活動で、不定期ながら継続的に活動をしています。昨年も立ち上げ資金を提供しました。
 2は、南相馬の子どもたちを対象にした新しい保養プロジェクトで、その立ち上げ資金として提供しました。
 3は、送り出しが「ハンド・トゥ・ハンド・プロジェクト川俣」(今泉君枝さん)の支援で、川俣町の中学生のサッカー部員を秋田に保養に出します。このGWに行っています。
 4は、前にも報告しましたが、私も入っている山梨のネットワークで、そのなかに移住保養支援のグループがあります。
 http://inochimusubiba.blog.fc2.com/
 5は、児童福祉施設で保護者のいない子どもたちを保養に出す企画です。保護者がいなければ移住も保養もできない子どもたちに対する貴重な機会になります。

 なお、これ以外にも各地の夏キャンプに向けて、開催の相談を受けつつ、必要に応じて資金の一部として提供することを検討しています。基本は各地で広くカンパを募ることが理想ですが、それをするにも一定の元手があるとスムーズに実行委を立ち上げられるということがあります。あちこちに種をまきたいと思っています。


【避難・保養の相談会を、二本松・伊達など各地で開催する費用として】

 すでに最初に触れましたように、相談会活動を、福島県内各地で、そして周囲の汚染地域でやっていくための活動資金にも使わせていただいています。会場費や宣伝費、さらに、各地の受け入れ支援団体で相談ブースを出してくれる人たちへの交通費助成などにも充てさせてください。


【個別家庭の避難費用の支援に】

 元の生活を、家や仕事を棄てるということは、大きな決断を要しますし、また家族の協力や預貯金の有無に大きく左右されます。そのとき、日々の生活の維持で精一杯のご家庭では、親子分の直距離移動の交通費や、生活を建て直すための出費を出すことさえも困難な場合が少なくありません。
 そこで、私が受けた避難相談のなかで、あるいは私と長く密な協力関係のあるいくつかの受け入れ団体で、移動費用の助成や生活再建支援を出してやってほしいという要請があった場合、ある程度の支援金を出すことにしました。それぞれの家庭状況や、避難先までの距離、移住後の見通しなどを判断し、一定の金額を避難支援として渡しています。
 自主避難は自己責任・自己負担という主張の方もいますが、避難者は本当にたくさんのものを切り捨てています。数万円程度のものでも、わずかな支えの有無が最後の一歩を踏み出せるかどうかを左右してしまうことがあります。みなさんからのカンパが、ある家庭の避難の後押しをすることになる、という状況もあるのです。


 以上のような活用状況であることを、カンパ協力のお礼とともにお伝えいたします。重ねて深く感謝申し上げます。
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山梨での受け入れ活動、近況

2012/04/29 07:22
1、拙宅で春休みに二家族を受け入れました

 三月の郡山相談会以降、二つの家族を甲府の拙宅で避難・保養として受け入れました。
 一家族は、山梨県内への移住も可能性として考えた方でした。しかし、お母さんは体が病弱で、長距離・長時間の移動、しかも小さな子どもを連れ、荷物も多く、移動の不安からなかなか踏み切れないでいたのでした。半年近くも、家族のなかで避難移住を口に出しては実現の糸口を見いだせずに、鬱々とした日々を過ごしていたとのことでした。
 相談会の情報を得て私に連絡があり、たまたま同じ山梨への移住を考えていたとのことで、そこで、郡山相談会のあと、甲府に帰る道、私たちといっしょに移動すること、また甲府の拙宅でしばらく休んでから、山梨県内で移住支援をしている北杜市や早川町の下見に行くこと、などを提案。ようやく移動の決断がつきました。
 その後、河口湖に別荘をもつ快ネットの秋野さんの支援で保養期間をつなぎ、最近になって、ようやく早川町の山村留学制度(町営住宅付き)を活用しての移住に踏み切ることができました。
 生身の人間を、一家を移住させるということが、たんに情報を出せば事足りるということではないということを、とても強く感じました。
 早川町の町長、教育長、校長などが、親身になって相談に乗ってくださったことも、とても大きかったと思います。

 もう一家族は、この春小学2年生になる男の子とそのお母さん。仕事があるので、子どもだけでも春休みキャンプに出したいと思っていたけれど、その機会をつかめないでいたので、拙宅で。うちの樹人が新3年生になるので、一歳差ですし、同じく将棋好きと聞いて、ちょうどいいとも思いました。
 その子が通う郡山の小学校は、郡山市内でも線量が高く、その地域は平米40万ベクレルを超えているとのこと(キロ6千ベクレル超)。チェルノブイリでは平米55万ベクレルで強制移住でしたから、それに近い数字です。土壌汚染の状況、お子さんの体内被曝の状況など、リスクに関しては正確な情報をきちんとつかんでいるお母さんは、避難移住すべきだともわかっています。でもそれができないのは、新築の家のローンなど避難を妨げる典型的な諸事情。
 子どもを甲府に送り届け、また一週間後には迎えにも来られたお母さんとは、子どもだけでの疎開、山村留学などの選択肢についてもいろいろ聞かれました。決断できるなら、甲府の拙宅で当面預かってもいいとも伝えました。しかし、春休みの終わり、今度はGWに来るからとだけ言って、郡山に子どもとともに帰っていきました。
 ひどい被曝地帯に戻る姿を見送るのはとても苦しかったですし、それ以上にお母さんはつらい日々を過ごしていると思います。なんとか打開できないものかと、いまでも連絡を取り合っています。

 一年以上の時間が経過し、ますます状況が複雑になってきています。自宅での受け入れを通して、そのことを身をもってそのことを痛感しました。


2、活動報告

「いのち・むすびばーー放射能からいのちを守る山梨ネットワーク」の活動は、立ち上げから二ヶ月近く。福島からの移住者である小河原と、東京や神奈川などからの移住者らと、そして地元山梨の方々と、ともに手を携え、できる活動を展開しています。
 http://inochimusubiba.blog.fc2.com/

 瓦礫問題、食品汚染など、いろいろ気にすべき事柄がありますが、やはり僕個人としては、去年3月から一年以上取り組んできた、避難移住&保養キャンプ。これまでいくつものキャンプを支援してきましたが、今度の夏休みにはとうとう自分たちで甲府キャンプを実施します。それから、山梨県内、河口湖、富士山、南アルプス、北杜などなど、これまでキャンプをやったグループ、それから早川町や甲斐市などこれからやるグループとも連携して、山梨県下を網羅したネットワークで経験や課題の共有し、より質の高いキャンプが各地で実現できるようにします。
 保養は長い取り組みになります。大きなイベントになりがちだった昨年とは異なり、主催者も参加者もお祭り騒ぎで疲れてしまわないよう、低廉で身の丈に合ったキャンプを、小規模でもあちこちで開催し、そして継続的な信頼関係を築き、移住の可能性まで広げていくことも大事です。

 山梨の問題意識や包容力を底上げすべく、4月14・15日には、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の中手聖一・元代表を甲府に招いて、講演会とミーティングをもちました。中手さん自身も、まもなく福島を離れて移住しますが、移住支援に何が必要か、福島の現状、移住先での取り組みなど、率直に話ができました。
 来月5月18日には、内部被曝の専門家である矢ケ崎克馬氏を甲府に招いて講演会をします。矢ケ崎さんには、ちょうど一年前の5月に郡山に来ていただいて以来、丸森、仙台、東京で、講演をお願いしました。多忙ななか、いつでもご無理をされて日程調整をしていただいています。
 空間線量では測れない内部被曝こそが放射能汚染の最大の問題であることを一貫して訴えている矢ケ崎さんは、沖縄の米軍による核持ち込み劣化ウラン弾の問題、そして広島の原爆症認定訴訟の問題に取り組んで来られました。そうした戦後日本の問題を福島につなげて論じることのできる稀有な人物です。
 http://inochimusubiba.blog.fc2.com/blog-entry-18.html

 そこで、矢ケ崎さんには、翌19日にはシンポジウム「フクシマの問いにどう応えるかーー東アジア現代史のなかで」にもご参加いただきます。福島出身の哲学者・高橋哲哉さん、『フクシマを歩いて』を刊行された徐京植さん、『こども東北学』を刊行された山内明美さんらとともに、シンポジウムを、私の勤務校である東京経済大学で開催します。私は司会をします。
「フクシマの問いにど応えるか」のプログラムとチラシは以下。
 http://hayao2.at.webry.info/201204/article_2.html
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たくきよしみつ『3・11後を生きるきみたちへ−−福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)を読む

2012/04/28 23:16
たくきよしみつ『3・11後を生きるきみたちへ−−福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)を読む

(ツイッターで感想を断片的に流したものを、ここでまとめます。)

1:福島県川内村の著者たくきよしみつ『3・11後を生きるきみたちへ−−福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)を読む。20km圏内や30km圏内で、どれだけ政府や東電の無策によって住民が不要な被曝を強いられたのか、また、ばらまかれた義援金や補償金でかえって生活が破壊されたのか。

2:たくきよしみつ『3・11後を生きるきみたちへ−−福島からのメッセージ』は、平易な言葉で原発依存社会の理不尽を描いており、「国策や企業の甘言を信じるな、自分の頭で批判的に考えろ」と訴える。除染ビジネスの批判や、エネルギー政策のインチキなど、そのとおりだと思う。

3:しかし、たくき著『3・11後を生きるきみたちへ』には、「自分の頭で考えろ」と言う割に、納得し難い楽観的断定が、いくつか気になる。例えば、「現在の放射線量であれば、避難のストレスのほうが健康被害が大きいから、避難しないほうがいい」というのは、典型的な安全バイアス。

4:「危ないから避難をと言っている人の根拠は空間線量のみの外部被曝」という断言も嘘。自主避難者たちにとって内部被曝の危険はもはや常識だ。私は昨年5月に郡山市で矢ケ崎克馬氏を招き内部被曝講演会を実施。300人超が参加し、それがきっかけで避難した人も多数いた。もうそれから一年だ。

5:「チェルノブイリで汚染された森林地帯の野生生物は体内被曝をしても、奇形になったり短命になったりしていない」というのも嘘。人間が去って「野生の楽園」になったかに見えたのは、生殖異常をきたしても、どんどん周囲から新たに個体が入って来ているだけのこと。実は繁殖はしていない。

6:たくき著『3・11後を生きるきみたちへ』は、これほどの大規模な汚染・被曝の影響は人類初なので科学者にも分からないことが多い、と自分でも言っているのだから、「この放射線量なら避難は不要」、「チェルノブイリの野生生物に被害がない」などと臆見・嘘を並べるべきではなかった。

7:また、原発避難=経済負担&ストレス、とマイナス面だけで語るのも不当。経済的にキツくなるのを承知で、被曝リスクと将来の健康不安から解放されるため、避難生活をあえて望んだ人、子どもが存分に外遊びをする姿を見て避難して心底良かったと感じた人は、実はものすごく多い。

8:たくき著『3・11後を生きるきみたちへ』は、人類史的な観点から原発を根底的に批判した本であるはずなのに、いくつか不用意な断定が気になった。ジュニア新書として広く読まれるには危うい。川内村が福島市などと比べて相対的に線量が低いことで、残ることを正当化したいバイアスがある。
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5月19日学術フォーラム「フクシマの問いにどう応えるか――東アジア現代史のなかで」

2012/04/26 22:55
5月19日に、東京経済大学で、下記のシンポジウムを開催します。
先月の韓国・ハプチョンの非核平和大会に続く、重要な場です。
ぜひご参加ください。

東京経済大学 2012年度 学術フォーラム

フクシマの問いにどう応えるか
――東アジア現代史のなかで――


〈3.11〉に発生した東日本大震災にともなう東京電力福島第一原子力発電所の深刻な放射能漏れ事故は、「核」をめぐる戦後世界、とりわけ東アジア現代史に対して根底的な問いを私たちに投げかけています。ヒロシマ・ナガサキの原爆被害、朝鮮人被爆者、中国の核保有とアジア冷戦、沖縄に対する米軍の核持ち込みや劣化ウラン弾、日本・韓国・台湾への原発導入――今回の福島原発の事故は、こうした「核」の現代史のもっとも先端に位置していると言えます。そこでこのたび、各分野で重要な発言をされている研究者を一堂に招き、私たちに投げかけられた問いにどう応えるか、考える糸口にしたいと思います。

※本企画は一般公開ですので、どなたでもご参加いただけます。
※お問い合わせはメールにて右記へ。p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp

 日 時:2012年5月19日(土) 13:00〜18:30
 会 場:東京経済大学 6号館 7階 大会議室
  アクセス:JR国分寺駅から徒歩15 分
http://www.tku.ac.jp/access/index.html

 【登壇者】

 開会辞:徐 京植〈ソ・キョンシク〉(東京経済大学)

 第1部:司 会:早尾貴紀(東京経済大学)
  報告者:山内明美(宮城大学地域連携センター)
      李 杏里 〈リ・ヘンリ〉(一橋大学大学院)
      韓 洪九〈ハン・ホング〉(韓国・聖公会大学)
      高橋哲哉(東京大学)

 第2部:司 会:戸邉秀明(東京経済大学)
  報告者:矢ヶ崎克馬(琉球大学名誉教授)
      権 赫泰〈クォン・ヒョクテ〉(韓国・聖公会大学)
      丸川哲史(明治大学)


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6月2・3日に、伊達・二本松で相談会(参加団体募集!)

2012/04/25 22:36
 2月の全国サミットのさいに福島市で避難・疎開.保養の相談会を実施し、たくさんの受け入れ支援団体にブース参加をいただきました。
 その後、郡山市など他地域でも開催してほしいという要望を受け、私の生まれ故郷でもある郡山市と、現在実家のあるその隣の須賀川市で、相談会を3月に開催。福島市以外でこれまでこうした機会に恵まれなかったという人たちがたくさん訪れ、広い福島県の各地で相談会をしていく必要性をあらためて確認しました。

 実際、さらに別の地域で開催してほしいという要望が届いているのと、相談会に来られなかったという方からのメールや電話での問い合わせが相次いでいることから、この相談会活動を、各地で展開していくことにしました。
 みなさまのご協力を引き続きお願いいたします。

   *   *   *

 さっそくですが、まずは6月2日・3日の土・日に、伊達市と二本松市で連続で相談会を開催することにしました。
 会場や時間などの詳細はこれからの調整になりますが、遠方からの参加を検討されるみなさまの日程調整をしていただけるように、ひとまず日程と地域だけお知らせし、参加の可否を教えていただきたいと思いました。

 伊達市と二本松市を今回選んだのは、とりわけ高濃度な汚染地帯であるにもかかわらず、相談会などの取り組みがなさすぎていること、また両市とも福島市に隣接しており連続で開催しやすいこと、遠方から参加される受け入れ団体のみなさんが一度の福島入りで二ヶ所、効率的に相談ブースを設けられること、などから判断しました。
 いま各地で夏の保養企画が練られていることと思いますが、6月にはどちらの団体も外向けに宣伝できる概要が整ってくるでしょうから、このタイミングで相談会を展開することは必須だと思いました。

 なお会場確保がこれからですので、6月2日と3日、どちらが伊達市でどちらが二本松市になるかも未定です。
 また、二日続けての参加は必須ではありません。それぞれのご都合で、片方だけの参加も大歓迎です。

 今回の相談会企画についてですが、事情に応じて、参加経費の助成をします。財政的支えのある団体のみなさまには、手弁当でご参加いただきたいのですが、自腹で交通費や宿泊費を出すのが台所事情から苦しいというところには、距離の遠さ(交通手段)や宿泊の有無などを考慮して、一団体あたり1〜3万円の範囲で助成金を出します。

 参加希望のご連絡をいただくときに、どの日程での参加なのか(2日のみ、3日のみ、両日とも)、助成金の必要・不要も合わせてお知らせください。

 参加のご連絡、お問い合わせは:p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp

   *   *   *

 二年目に入り、動くにはますます困難な状況・心理になってきていると感じます。より具体的な支援情報が必要なのと同時に、じっくりと話を聞くことが何よりも大切であると、相談会を重ねるごとに強く思います。どの地域にどのようなカタチで、保養や移住をするのかという希望やイメージがあまりないまま、漠然とした不安を抱えたままずっと動けないできた、という方がとても多いのです。

 そこで、これまで以上にゆっくり話をするためのカフェスペースの充実を考えています。そこでいろいろな話を聞いて、いろいろな選択肢や可能性を広く話したうえで、各ブースに案内できればと思います。
 札幌「本家むすびば」と、山梨「いのち・むすびば」を中心に、カフェの運営を工夫したいと思います。あえてブース参加ではなく、こちらのカフェスペースで協力したいという方も募集いたします。よろしくお願いします。

   *   *   *

 詳しい場所や時間、運営上のお願いなどは、また後日あらためて告知します。
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陜川非核・平和大会参加報告

2012/03/26 16:32
原発震災でご連絡くださったみなさまへ

 韓国から帰国しました早尾です。
 昨年3月以来、不定期でBCCでお送りしているメールです。

 韓国の「2012 陜川(ハプチョン)非核・平和大会」報告です。
 大会二日目の世界核被害者証言集会で証言者&司会者を務めました。

 私の証言のほうは、用意した原稿に若干加筆訂正したものをブログにアップしました。以下のページです。お読みください。
 http://hayao2.at.webry.info/201203/article_7.html

 その他の証言者の話はとても印象深いもので、全体が濃密で貴重な機会になったと思います。

 ビキニ環礁の核実験というと、日本人は第五福竜丸のことしか思い出さないでしょうが、そこを追い出された先住民がいて、しかも米国政府が「安全」宣言をして住民が帰還した10年後になって調査をしたところ、なお高濃度の放射能汚染が残っていることがわかって、再度避難・移住をさせられたとのこと。これは、しきりに帰還宣言をしている福島の姿と重なります。同じことが繰り返されることになるのでしょうか。

 チェルノブイリで活動している人の証言では、25年経っても汚染が低減していないこと、政府は住民の被曝や食品汚染に対して実効的な対策を打てないでいること、科学者たちは人命をもてあそんでデータ収集しかしないこと、それゆえ住民は受動的な被害者であることを脱して自ら行動しなければならないことを強調していました。これもまさに福島の先例です。

 地元陜川(ハプチョン)の広島ヒバクシャは、日本政府からも韓国政府からも被害者として正当に扱われず、しかも二世・三世に受け継がれる健康被害を引き起こしていることを訴えていました。国民と外国人という線引きを被害者のなかに持ち込んでいる日本政府の問題がありますが、被爆時は彼らは植民地出身の「日本人」。にもかかわらず切り捨てられたわけですから、東北地方の切り捨てを予想させます。

 福島からは武藤類子さんが、静かな口調で、福島のなかがどれだけ分断されてしまっているのか、切々と語りました。気休めの除染パフォーマンスによって、避難と賠償を否定された住民が土地に縛りつけられたまま、疑心暗鬼になり、互いに反目させられ、疲弊させられ、心が折れかかっています。
 同時に武藤さんは、3.11以前から廃炉運動をしてきたにもかかわらず原発を止めることができずに世界に汚染を広めてしまったことを謝罪し、そしてエネルギーを過剰に消費してきた文明の野蛮を悲嘆されていました。


 私たちは本当に罪深いことをしてきてしまったと思います。ほとんど絶望するしかありません。しかし、それでもなお生きようとする私は、欲深く穢れているのでしょう。そして圧倒的な放射能汚染の前で、無力で、ただ逃げるしかありませんでした。

    *    *    *

 司会者としての発言は、その場で話したことを、あとでザッと書き起こしてみました。それもブログにアップしました。以下のページです。
 http://hayao2.at.webry.info/201203/article_8.html


 この絶望のなかで、しかしかろうじて見いだしえた小さな希望のひとつは、陜川(ハプチョン)で人々が世界中から集まれたということだと思います。そこで共感共苦し、連帯し、手を取り合う未来を思い描くこと。
 核とヒバクの問題が世界的・世界史的問題であるのであれば、核とヒバクの問題の克服もまた世界(史)的な視野でしか見いだせないのだということを陜川で確信しましたし、生きていくにはここに集ったような人たちと手を取り合うしかないし、そこにわずかな希望があるのだと思いました。

    *    *    *

 基調講演をされた、福島出身の高橋哲哉さん。「フクシマを歩いて」の番組の上映とトークをされた在日朝鮮人の徐京植さん。その対話の相手をされた韓洪九さん、洪成潭さん。ヒバクの問題を国民主義に回収することや、核問題を国家主義的に推進することに対して、根底的な批判を提示されました。
 その他、多くの発言者のみなさんが、真摯な発言を重ねられ、「非核・平和大会」にふさわしい雰囲気ができました。


・大会の日本語の案内掲示板
 http://cafe432.daum.net/_c21_/bbs_list?grpid=1P6vp&fldid=QlPD
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陜川非核・平和大会・世界核被害者証言集会司会挨拶

2012/03/25 00:41
【陜川非核・平和大会・世界核被害者証言集会の司会挨拶】

(はじめに)
 本日、福島原発のヒバクシャ・証言者として来ました早尾貴紀です。自分の体験を話すとともに、本日の司会進行を担当します。
 今日、陜川(ハプチョン)という、広島の朝鮮人ヒバクシャが多く住む場所で、こうして世界中のヒバクシャが集まり証言をするという、貴重な機会が設けられました。「ヒバクシャ」という日本語は、不名誉なことですが、世界共通語になりつつあります。昨年の福島原発の爆発事故以前からもそうでしたが、事故以降いっそうヒバクシャの問題は世界化していると思います。
 この証言集会には、広島・長崎からの被曝証言者だけでなく、広島で被曝した韓国や台湾の方々、マーシャル諸島の核実験で被曝したビキニ島の方、チェルノブイリ事故を体験し被曝地の子どもたちを救う活動をされている方、そして私も含めて福島原発事故で被災しまさにいまその問題に取り組んでいる人が参加しています。こうした人々が一堂に会すということは、核/ヒバクの問題が、個別の事例にとどまるのではなく、真に世界的な、世界史的な問題であるということを示しています。

(第一部と第二部のあいまに)
 広島・長崎の原爆投下は、第二次世界大戦を終わらせたのではなく、「核の時代」の幕開けを世界に宣言するものでした。日本ではいまなお「世界で唯一の被爆国」などという単純化が語られがちですが、二発の原発によって7万人にも達する朝鮮人ヒバクシャがいて、その他、中国・台湾人や30を超える国・地域の人々が被爆しました。被爆被害に民族の違いはなく、それどころか、植民地支配による人の移動によって、被害は世界に広まっていたのです。そして、核という存在は、広島・長崎を発端にして、一気に世界に広がったのです。
 そういう意味で、広島・長崎は、被爆被害者にとっては何にも比べようのない苦痛ではありますが、同時に、人類に対する普遍的な問題提起をしているわけです。

(おわりに)
 広島・長崎に加えて、ビキニやチェルノブイリが示したことは、ヒバク被害は地方に押しつけられるということ、被害は長期にわたって隠蔽され否定されるということ、核の推進者たちはその被害に対して決して責任をとろうとしないこと、それに対抗するためには市民の自立した取り組みと広いネットワークが必要だということ。こうしたことを、最も新しいヒバクシャである私は、今日の証言者たちから学びました。
 今日は、ヒバク体験の被害証言というだけでなく、それぞれに被害の回復、そして核兵器・原発の廃絶に取り組んでいる人々が集い語ってくださいました。この場をつくってくださった「陜川非核・平和大会」の実行委員会のみなさん、それを支えてくださった陜川の市民のみなさんに、深く深く感謝するとともに、今後の息の長い連帯に向けて、お互い手を取り合っていくことをともに確認したいと思います。ありがとうございました。
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陜川(ハプチョン)非核・平和大会・世界核被害者証言集会スピーチ全文

2012/03/24 23:36
韓国「2012 陜川(ハプチョン)非核・平和大会」世界核被害者証言集会(3月24日)での早尾のスピーチ(若干の加筆訂正)。

   *   *   *

 私は、昨年3月の福島原発の爆発ですぐに故郷を棄て去った人間です。福島県に生まれ育ち、そのすぐ隣の宮城県で暮らし、東北地方の福島・宮城から出たことがありませんでしたが、そのいずれの故郷にも戻るつもりはありません。被災時7歳だった子どもが一人ありますが、原発の爆発とともに、「ここには二度と帰ってこれないよ」と言って、わずかな玩具と着替えだけをカバンに詰め込ませて、故郷を離れました。震災から一年、一度も福島の実家には連れていっておらず、私の両親、つまり彼の祖父母に会わせていないのです。さらに半年ものあいだ、わずか7歳の子どもを、一人関西の里親さんのところに疎開させ、そしていまは、これまで何の縁もなく旅行でも行ったことのなかった山梨県に移住し、子どもを関西から呼び寄せました。しかし、朝目覚めると、自分がどこにいるのか混乱し、山梨で生活しているということにまだ現実感が持てないでいます。現実感がともなわないほどのスピードでこの一年、状況が激変してしまっています。

 いま、福島ならびにその周辺の放射能汚染地帯で起きていることは、緩やかに進行するジェノサイド、大量虐殺であると私は認識しています。もちろん、すぐに全員が亡くなるということではありません。しかし、チェルノブイリ事故では強制移住となるレベルの汚染地帯、あるいは移住権利の認められるレベルの汚染地帯が、福島県とその周辺に存在しているにもかかわらず、日本政府はその住民を被曝地に留め置こうとしているのです。命よりも経済と秩序を優先し、私たちは切り捨てられる。統計的には確実に被害が出るにもかかわらず、個別の因果関係は否定される、そういう汚染地から避難することを認められずに閉じ込められているわけですから、その地域の住民の命は全体として削り取られ、切り捨てられていきます。これをジェノサイドだと感じたのです。
 一年前、原発爆発直後、政府が安全だと言い募ったときも、瞬間的に、住民は見殺しにされると確信しましたが、一年を経たいま、そのことはいっそう明確になりました。

 日本の東北地方の人間として、「東北」の歴史と位置づけについて、世界のみなさんの前で語らなければなりません。今日、この大会は陜川(ハプチョン)でおこなわれていますが、それは広島での朝鮮人ヒバクシャの主要な出身地であったからであり、この場所に意味があるからです。そうであれば、私は「東北」という場について語りたいと思います。なぜ東京の電力を供給する原発が東北地方にあるのか、なぜ核政策の要である核燃サイクル工場が東北地方にあるのか。
 東北地方は、日本の近代国家が成立した1868年の明治維新のときに、中央集権体制に反対して、独自の国家を目指して独立宣言を出した地域です。もちろん内戦となり、敗北した東北列藩同盟は、平定されて明治体制の周辺地域として組み込まれました。
 その延長線上に、アイヌ侵略、琉球処分、そしてアジア各地への帝国主義的膨張がありますが、その原点は東北支配でした。明治国家の発足時に反乱した「賊軍」扱いをされた東北はその「汚名」を晴らす動機があったこと、貧しい農村・漁村が多かったこと、また首都圏・関東と地続きの地域であること、そういった事情から、過剰なまでに国家に従属させられ、また自ら従属していったという面があります。東北の人々は、北海道・沖縄も含むアジア各地の植民地主義的膨張のときの「尖兵」になりましたし、また東北地方は首都圏への労働力や、米をはじめとする食糧供給源になりました。
 日本の核エネルギー政策における東北地方の役割、すなわち、電力の供給源、しかも危険な原発と核廃棄物の処理施設とが置かれたのは、こうした地理的・歴史的背景によるものです。

 だからこそ、深刻な事故が起きたとき、東北地方の私たちは犠牲にされると思いました。利用もされ、そして棄てられる存在として東北はあったからです。それに対して対抗する手段は、まずは「逃げる」ことです。被曝を最小限にするには、ただ避難するしかありません。国家は住民を守らないし、国家と正面から長期戦をして避難の権利と補償を認めさせるには、時間がかかりすぎます。いま福島の被曝は現在進行形なのです。国や司法の動きを待ってはいられません。そのあいだにも日々、被曝が強いられているのですから。とりわけ自らの意思で避難をすることのできない子どもたちが、気休めの線量計を胸にぶらさげて毎日登校する姿は、直視できないほど痛々しいものです。私は、そんな環境のなかに自分の子どもを晒しておくことに耐えられませんし、そこに残らざるをえない人々で不安に思っていない人はいないと思います。
 それゆえ、私がこの一年、自分と子どもが緊急避難してから、ずっとやってきたこと、いまなお継続してやっていることは、放射能汚染地帯から自主的な避難を支援することです。避難するための情報を提供し、受け入れ先を確保し、移動・転居を支援すること。「安全だ、とどまれ」という国家の命令に抵抗して、逃げること、避難すること、移住すること。放射能に勝つすべも人類は持ち合わせてはいません。逃げるしかないのです。去年の3月から、ただそれだけをやってきました。
 福島に入り避難相談会をおこない直接相談を受け、電話やメールでも相談を受け、北海道から沖縄まで支援団体や地方自治体に受け入れの拡充を要請し、そして相談を各地の団体につなぐこと。生身の人間を、一家を被曝地から移動させることは簡単ではありません。元の生活・故郷を棄て去り、新しい場所で生活を建て直すには、費用もかかります。避難・移住ができるかどうかは、個々の経済条件に左右されてしまう側面もあります。個別状況に応じて、移住費用の援助もする必要があります。
 考えてみれば、異常なことを自分でもしていると思っています。汚染地帯にいる会ったこともない人から、故郷を棄てるという人生を根底から変えうる決断の相談を受け、そして会ったこともない遠隔地の人から、汚染地帯の人が故郷を棄てるための資金提供を受けているわけです。こんな事態は3.11以前にはありえないことでした。

 ですから、今日はみなさんに強いお願いがあります。福島から、被曝地・汚染地から住民が出て行くために、それを支援するために、資金援助をしてください。カンパ要請の用紙を会場受付に用意しました。いまこの瞬間にも被曝を強いられている人々を救い出すために、みなさんの助けが必要です。どうかよろしくお願いします。

    *    *    *

カンパ振込先

【三井住友銀行 仙台支店 普通 9401592 ハヤオタカノリ】
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韓国・非核平和大会/汚染と除染の現在

2012/03/22 22:11
日頃ご心配くださっているみなさま、原発震災でご連絡くださったみなさまへ

 ソウルより早尾です。
 昨年3月以来、不定期でBCCでお送りしているメールです。


1、韓国の非核・平和大会

 韓国に入国しました。「2012 陜川非核・平和大会」に参加するためです(23・24日)。
 韓国人ヒバクシャ、福島・広島・長崎、ビキニ島、チェルノブイリなどのヒバクシャたちが証言する集会があり、私もそこで話をするのと司会を務めるため、招かれました。武藤類子さん、高橋哲哉さん、徐京植さんらとともに来ています。
・大会の日本語の案内掲示板
 http://cafe432.daum.net/_c21_/bbs_list?grpid=1P6vp&fldid=QlPD

 証言者の入国拒否者が出ているという事前情報もあり、大会参加については入国できるまで書かないでいました。韓国では、ちょうど「核・安保サミット」が開催されており、対抗運動としての反核の盛り上がりに対して警戒が高まっています。
 同様のことはインドでも聞きました。原発建設予定地での集会に呼ばれた「子ども福島」のメンバーが入国拒否に遭ったとのこと。世界の原発推進国が福島の事故を契機に、反核への流れが強まることを恐れています。
 それにしても、入国拒否の可能性を感じながら入管を通過するというのは、イスラエル入国を思い出させられました。毎回、心臓をバクバクさせながら、パスポートに査証を押されて返されるのを待つ、いやーな感じ。
 いま原発・核兵器保有国の国境は、「福島」に関わっている者に対して閉ざされていこうとしているのかもしれません。


2、汚染の移動と除染の無理

 3.11から一年を過ぎた今月半ば、気になるニュースが流れました。
 宮城県仙台市内のある小学校の校庭の空間線量で、国の除染基準値である毎時0.23マイクロシーベルトを超える0.33マイクロシーベルトを計測したため、除染をすることになった、というものです。汚染分布状況からの推測ですが、おそらく福島原発から新たに飛んで降り積もったのではなく、周囲の環境から風などで舞い上がって吹き溜まってしまったのだろうと見られています。
 それにしても高すぎます。しかも一年も過ぎてからの上昇です。この地域で0.3マイクロなんていう数字は、事故発生から一ヶ月内ぐらいなら理解できますが、その後はずっと0.1を切っていたはずの地域です。いつからこんな数字になっていたのでしょう。そのかん子どもたちは普通に校庭を使っていたでしょう。そしてこんなふうに線量が上昇している学校や公園が、宮城県や福島県の、あるいは栃木県や茨城県のあちこちに存在しているかもしれなくて、しかも校庭だけ除染したところで、また何度でもどこからか吹き溜まっては汚染が悪化するかもしれないのです。

 除染に関しては、こんなニュースにも接しました。このかん連続して、福島・郡山・須賀川で避難相談会をやってきたわけですが、そのたびに福島民報など地元紙を読みます。須賀川の実家でまとめて何日分か読んだりします。
 すると、除染関係の記事が異様に多い。どこどこで市民除染実施、どこどこで除染講習会開催、などなど。とくに目を剥いて驚いたのは、「除染で線量一割低減に成功」という見出しとともに、マスク姿でデッキブラシを並んで持って道路をこすっている市民の写真!
 僕もデッキブラシを握って道路をこすってみたことがありました。一年近く前のことですが。そしてすぐに徒労を覚えてやめました。目の前から放射性物質を少しばかり飛び散らしてみたり流してみたりしたところで、線量は一定以上は下がらないこと、じきに線量は元に戻ること、どこかの溜まり場に超ホットスポットをつくってしまうこと、作業によって作業員や周辺住民をかえって被曝させてしまうこと、などなど諸リスクが次第にわかっていきました。そうして、できもしない除染を言うことで避難が妨げられるという懸念が指摘されたのも、「飛び散らせない除染」の試みが模索されていったのも、去年の夏前のことだったと思います。
 ですので、町民ボランティア除染で一割低減に成功、なんていうことが、好意的に写真入りで紹介されるのを3.11から一年後に見せられると、まるで何かのパロディかSFかと頭が混乱してしまうほどの衝撃を覚えてしまうのです(「町民」が、「一割減」で、「成功」!)。ここには時間は流れていないのか、と。
 でもそれは、「外」からの視点。そこに住んでいる人の「日常」はそうではないのです。元の日常がとうに失われ、異常が日常へと倒錯している世界。

 相談会で複数の方からこういう話も聞きました。各町内会に50万円が、「除染費用」としてばらまかれている。2月末までに使い切らなければならない。これでデッキブラシやマスクや洗浄機を買って各自で除染をしろという。環境省が除染取り組みの宣言をしてはみたものの(安全キャンペーンの一環として)、しかし実際には町内会の素人除染に「丸投げ」なわけです。これで被曝地帯にとどまれというわけですから、本当に非人道的です。
 これが、上記新聞記事の裏側です。

 他方で、環境省は除染費用として5000億円を概算要求したとの報道。事業利権も絡んでのこと。除染ビジネスと言われるゆえんです。そうやって汚染地帯に人びとを縛りつけ続けています。人権を無視して被曝させ続けているのです。心底恐ろしいことだと思います。
 ところが、その同じお金をかけるなら、5000億円で、一人50万円の避難・移住費用、つまり移動・引っ越し・生活建て直しの初期費用を出したとして、100万人に配分できるのです! そんなことを夢想します。

 3.11から一年が過ぎても、汚染地帯から人が移動することばかりを考える日々です。(みなさんからのカンパは、上記ほどの規模ではありませんが、汚染地帯から人が出るために使わせてもらっています。ありがとうございます。)
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3.11から一年/早川町での受け入れ/福島と沖縄

2012/03/19 10:36
日頃ご心配くださっているみなさま、原発震災でご連絡くださったみなさまへ

 甲府より早尾です。
 昨年3月以来、不定期でBCCでお送りしているメールです。


1、3.11を過ぎて

 一年を過ぎました。地震の起きた日のこと、原発が爆発して故郷を離れたときのこと、大阪や京都で過ごした避難生活のこと、すでに去年のちょうど今頃には始めていた避難受け入れ支援活動のこと、いろいろと思い出しました。
 しかし、あれから一年。まだ新しく避難相談が入る日々。そして、受け入れ先の開拓、逆に被曝汚染地帯での相談会の企画とをする日々です。活動を始めた一年前には、一年経ってもこういう活動を続けていることは想像もできませんでした。 

 先週は一組の母子を福島からいったん甲府に迎え、いま山梨県内での定住先をいっしょに探っています。お母さんは半年間悩み抜いたと言います。途中で嫌になったり、あきらめたりしたことも。情報をどう取ったらいいのか、具体的にどう移動したらいいのか、決め手を欠いたまま時間だけが過ぎていったそうです。
 誰もが決然と動けるわけではなく、不安を抱えたまま、周囲に相談もできずに孤立していることが、いかに多いのか。ここのところ福島・郡山・須賀川で連続でおこなってきた避難・保養の相談会で、あらためて思い知らされました。
 上記の母子からは、最初から山梨・河口湖の保養先を拠点に移住を模索したいという相談だったこともあり、郡山相談会の後に私らの帰り道にいっしょに甲府まで移動できますよ、ということで、一歩踏み出させることができました。しかし、まだこの先は明確には見えていません。生身の人間が移動するということは、本当に容易ではありません。

 さて、前回のメールでお願いをしました避難(移住&保養)の活動のためのカンパ、たくさんの方からお申し出をいただきました。まだ個別にお礼を出す余裕がありませんが、ひとまずBCCでお礼を申し上げます。
 いただいたカンパは、汚染地帯から避難する人の支援・交通費助成、私など避難相談活動で汚染地帯に入るための交通費・会場費、受け入れ体制を整えるための費用、連携協力している各地の受け入れ団体への援助などに使います。引き続きご協力をお願いします。

【三井住友銀行 仙台支店 普通 9401592 ハヤオタカノリ】



2、山梨県早川町の受け入れ支援の動き

 3.11に甲府であった脱原発集会で、私がマイクで山梨での受け入れ支援を拡充してくれと話したところ、即日、その会場にいた山梨県の南端にある早川町の町長から申し出があり、翌日に拙宅に町長が教育長を連れて、山村留学のパンフレットを持ってやってきました。山村留学制度を使って、避難家族を受け入れることことができるというのです。しかも、新築一戸建ての町営住宅と通学支援のセット!
 もちろんそこには、過疎地域が人口を、とくに子どもを増やしたいという利己的な意図はあるでしょう。しかし、それ以上に人びとの熱意と学校の雰囲気と設備に感銘を受けました。
 上記の避難母子が関心を持ちましたので、さっそく早川町に見学に行ってきたのです。まず学校の充実ぶりに驚きました。ハードもソフトもすばらしい。老朽化した町役場の建物をそのままに、学校教育にだけはふんだんに予算を注ぎ込む。学校中に溢れる子どもたちの絵や工作や作文。フラットでオープンな間取りの学校の空間。あれを現状11人の児童で享受しているというのは、教育として見たときに贅沢の極みです。
 それから新築の町営住宅も、2LDK平屋で、3〜4人家族で暮らすには十分。これが二棟完成したばかり。町長から、「これを早尾さんに任せますわ! ガハハハ」なんて言われましたが(笑)、中学卒業までの数年を過ごすには、理想的な山村留学になると思いました。
 
 また、町長、教育長、校長、教頭、みなまったくの平場で普通に話ができる人たちで、驚きました。気さくですし、またこちらからいろいろな意見や要望をしても聞く耳をじゅうぶんに持っていますし、フットワークも軽い。町長自ら3.11の翌日に拙宅に来るわ、下見の朝に「これから行きます」って 言ったら、町長が出張先から戻ってきて自分で学校と住宅を案内するわ(笑)。
 それで、こちらからは、もちろん避難相談を受けたときに私がパイプ役になって案内をしたり取り次ぎをするなどの協力の約束をしたのと、逆に、福島での相談会に説明ブースを町・学校として出すことや、夏休みのキャンプを企画することを提案し、快諾を得ました。しかもその場で即答です!

 実は12日に拙宅で説明を受けただけではピンと来なかった部分もあったのですが、やはり実際に見に行くことは大事ですね。とくに学校には驚きました。パンフレットなんてのはどこでもキレイゴトと作ったような写真が並べてあるわけで、実はそんな新鮮味は感じませんでした。しかし、現実の学校は感動的ですらありました。この学校なら誰に対しても安心してお勧めできます。ということで、学校や町の下見の機会にもなるようなツアーの企画をお願いしたというわけです。

 ご関心のある方、資料を送ることもできますし、下見に行きたいという方、甲府の拙宅を中継地にして案内にお連れすることもできます。ご連絡ください。



3、ワークショップ、福島と沖縄と原発から考える

 もう今日これからのことですが、原発/核の問題から、沖縄と福島について、そして戦後日本について考えるための場として、こういう集まりもやります。

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CAPPディアスポラ研究会 公開ワークショップ 「沖縄と原発」

 アジア太平洋研究センター(CAPP)のディアスポラ研究会では、2012年3月19日に、沖縄研究者の徳田匡氏と鳥山淳氏を招いて、ワークショップを開催します。
 日本への原発導入が進められた1950年代、沖縄では米軍基地の拡張がなされる過程で、「原発」導入も語られていました。米軍による長期占領政策と核戦略のなかで、「原発」はどのように位置づけられるのか。徳田報告では、過去における「原発」をめぐる語りの再検討から、現在の軍事・原子力エネルギー政策への批判的視座をさぐります。
 また鳥山氏は、福島の原発事故後すぐに沖縄への避難者受け入れ支援に動き始めるなかで、沖縄人のくぐり抜けてきた戦火と移住の歴史経験や、原発事故処理の背後で進行する基地再編を考察してきたことを、「沖縄の経験から考える原発事故/原発事故が照らし出す沖縄の現在」として話します。
 ぜひご参加ください。

■日時:2012年3月19日(月)14:00〜17:00
■場所:東京麻布台セミナーハウス4階中会議室
http://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/access.html

■報告者
徳田匡(東京大学博士課程)
鳥山淳(沖縄国際大学)
■司会・コメント
浜邦彦(早稲田大学)
早尾貴紀(東京経済大学)

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須賀川・郡山の避難相談会/いのち・むすびば発足/カンパのお願い

2012/03/07 22:15
日頃ご心配くださっているみなさま、原発震災でご連絡くださったみなさまへ

 甲府より早尾です。
 昨年3月以来、不定期でBCCでお送りしているメールです。

 今度の日曜日にはもう〈3.11〉が来るのですね。怒濤のような毎日をしのいでいるなかで、いったいどういう気持ちでその日を迎えることになるのか想像ができません。
 しかし日々もがいているなかで、必然的に、移住した甲府で新しい活動を展開する日になりそうです(後述)。まだ立ち止まって静かに振り替える時が訪れる気がしません。


1、避難・保養の相談会(須賀川・郡山)

 すでにお伝えしたとおり、2月には福島市で大きな避難相談会をやりました。
 http://hayao2.at.webry.info/201202/article_3.html
 一年経っても被曝リスクは変わらず、不安を抱えているのに、「動けない」現状をどう打開するのか。被曝地内部では、そこで日常を過ごす以上は汚染を見ないことにするしかありません。でも、子どもへの影響を心配する親たちは、孤立しながら手探りで出口を求めています。外から「危ない、危ない」と叫んでいるだけではその手をつかむことはできません。汚染地の内部にあえて入って、内部と外部の温度差を肌身で感じながら、疲弊した表情に直接向き合い、小さな声に耳を傾けながら、手を取り合うことでしか一歩を踏み出せない状況に追い込まれている人たちが、まだまだたくさんいます。

 だからこそ、こうした避難情報や相談会の機会がなかった郡山・須賀川方面でも、相談会をする必要を強く感じ、急遽開催を決めました。これは、どうしても春休み前、新年度前に、春休みキャンプと、そして新年度からの転校も含めた移住の、決定的なチャンスだと思ったからであり、そして〈3.11〉から一年という心理的な区切りで忘却が進んでしまう前に、ということでもあります。
 また、郡山・須賀川での開催にこだわったのは、私自身が郡山の生まれであり、両親がいま須賀川にいるからでもあります。そこの汚染状況は、福島市並みの高濃度汚染地帯があちこちにあるにもかかわらず、基本的には安全キャンペーンによって、住民は被曝にさらされたまま放置されてしまっています。
 3日に須賀川で相談会を開催、今度の10日には郡山でおこないます。
 http://hayao2.at.webry.info/201202/article_5.html

 また、須賀川相談会の報告を以下の文章にまとめました。お読みください。
 「須賀川での保養・避難相談会を終えてーー3・11から一年の重み


2、「いのち・むすびば」発足です

 甲府に移住し4ヶ月が過ぎました。この場所は、福島・宮城からの移住者だけでなく、首都圏からの移住者も少なくありません。山梨県は、東京へのギリギリ通勤圏の範囲では汚染が最小限にとどまったためです。
 しかし、積極的な避難者受け入れ支援の動きは小さく、避難者・移住者どうしの横のつながりも、地元市民団体との連携もなく、また食品流通や瓦礫処理などへの取り組みも弱いため、放射能汚染時代を市民として生きていくネットワークが欠如していました。
 そこで、3月1日「いのち・むすびばーー放射能からいのちを守る山梨ネットワーク」を結成しました。移住者と、もともと地元の人とがいっしょに活動をつくっていきます。また、福島やその周辺の被曝地ともつながっていきます。
 その事実上最初の集会を、3月11日に開催することにしました。

 「〈3.11〉から一年
  汚染地から山梨へーー放射能からいのちを守る取り組みを」

 私がこの一年を振り返りながら、〈3.11〉が私自身にもった意味、あるいは社会の変化について考えたことを問題提起として話します。そして保養・移住支援、食品流通・給食測定、土壌・肥料汚染、瓦礫処分受け入れ、茶話会・学習会など、課題ごとの取り組みに向けて具体的に話し合います。

 なお「むすびば」の名は、これまでたくさんの活動を学ばせてもらってきた
むすびばーー東日本大震災市民支援ネットワーク・札幌」からの暖簾分けです。記して感謝します。


3、活動費カンパのお願い

 以上、大きく二つの活動、避難・移住・保養の相談会をおこない、受け入れ支援を継続していくこと、また、「いのち・むすびば」の活動を、山梨で、そして全国につないで、展開していくこと。その活動のために、またしてもお願
いになってしまい恐縮ですが、カンパのお願いをします。以下の銀行口座にお願いします。
 また振り込みに際してはメールをご一報ください。その後のカンパの用途について報告いたします。

【三井住友銀行 仙台支店 普通 9401592 ハヤオタカノリ】

 もちろん、このBCCには、福島や宮城などの被災地の方々、そこから避難・移住された方々、またご自身で受け入れ支援活動などをされている方がもいらっしゃいます。そうした方々は、このカンパのお願いはどうぞご放念ください。失礼いたしました。

 カンパのお願いは、昨年3月の原発爆発真っ最中の緊急避難の支援のお願いのとき、昨年7月の夏休みキャンプ支援のお願いのときに続いて、三度目になります。お願いが重なって恐縮ですが、生活そのものを建て直す、子どものいのちを守る、そういう具体的に人の移動をともなう活動をカタチにしていくには、やはりどうしても一定の資金が必要になります。
 どうぞご理解、ご協力をお願いします。また、周囲の方々にお呼びかけいただけますと助かります。


4、『現代思想』で鼎談、『津波の後の第一講』に執筆

 最後に最近の書き物・発言です。

 『現代思想』3月号「大震災は終わらない」で、鼎談をしました。
 早尾貴紀+中手聖一+小河原律香
 (中手氏は、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表
  小河原氏は、「放射能からいのちを守る全国サミット」実行委員長)

 鵜飼哲・今福龍太編『津波の後の第一講』(岩波書店)が刊行されました。
 そこに、東京経済大学でおこなった私の第一講義も収録しました。〈3.11〉後関西に緊急避難し、その避難先からそのまま宮城に戻らずに着任して話した最初の講義です。一年前のこと、その瞬間瞬間に何を考えどう行動したのかがまざまざと思い起こされます。
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3・11集会「いのち・むすびばーー放射能からいのちを守る山梨ネットワーク」発足

2012/03/06 23:30
 3月11日(日)、まさに〈3・11〉から一年目の日ですが、「いのち・むすびば」の最初の集会を、以下の要領で開催します。

 この一年を振り返りつつ、今後の山梨での具体的な活動を始めたいと思います。

   *   *   *


〈3・11〉から一年
 汚染地から山梨へ
ーー放射能からいのちを守る取り組みを


 【日時】:2012年3月11日(日)14:00〜17:00

 【場所】:甲府市北東公民館(武田3−1−6)、1階地域集会所
  (駐車場に余裕がありません。乗り合わせての来場か、駅北口から徒歩やバスでお越しください。)

 【資料代】:300円


 空前の被害をもたらした東日本大震災発生からちょうど一年。
 安心して暮らせる場所を求めて福島・宮城や首都圏から山梨県に住まいを移すひとが増えています。しかし事故による放射能汚染が解決も収束もしていないなか、ここではすでに震災が忘れ去られようとしています。
 そしていま、山梨の人たちは、汚染された食品や肥料などの流通によって生活が脅かされている現実に強い危機感を感じています。

 こうした状況をどう乗りこえ、放射能汚染後の世界をどう生きるか、被災して移住した人ともともとの市民が手を取りあって考えていくために、 「いのち・むすびば――放射能からいのちを守る山梨ネットワーク」が立ち上がりました。

 地震発生から一年目を迎える3月11日は、「いのち・むすびば」の事務局メンバーであり、被曝を避けるために子連れで仙台から甲府に移住した早尾貴紀が、自身の避難・移住までの経緯と、これまでおこなってきた被曝地の
子どもたちの保養や移住を支援する活動を話し、それを受けて今後の「いのち・むすびば」の活動について、みんなで話し合いたいと思います。


 第一部(14〜15時):報告 早尾 貴紀(はやお たかのり)

(プロフィール:いのち・むすびば、事務局/子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、避難・疎開・保養班世話人。福島県郡山市生まれ、宮城県仙台市で被災、昨年3月に関西に避難、10月から山梨県甲府市に移住。東京経済大学講師、共著に『津波の後の第一講』岩波書店など。ブログ→「早尾貴紀・原発震災関連」)


 第二部(15〜17時):「いのち・むすびば」のワーキンググループ発足に向けて

 保養・移住支援、食品流通・給食測定、土壌・肥料汚染、瓦礫処分受け入れ、茶話会・学習会など、課題ごとの取り組みに向けて具体的に話し合います。


(第一部のみ、または第二部のみでもご参加いただけます。また、必ずどこかのワーキンググループに参加しなければならないわけではありません。)


 ♪託児スペースあります♪
 お子さん連れでもお話に参加できますし、休憩できる和室も用意しています。
 いまのところ、メンバーはママパパが多いです。お気軽にご来場ください。


 主催:いのち・むすびばーー放射能からいのちを守る山梨ネットワーク
 問い合わせ先:055−269−9273/
     p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp(早尾・小河原)

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須賀川での保養・避難相談会を終えてーー3・11から一年の重み

2012/03/05 06:22
 須賀川相談会にご協力くださったみなさまに、心から感謝いたします。

 須賀川という、福島・郡山と比べて小さな町、危機感の低い町で、しかも相談会単独の開催で、いったいどこまで来場者があるのか心配でしたが、ちょうどどこのブースとカフェスペースにも、つねに人が入れ替わり座っていって、順番待ちの列ができることもなくなく、暇になることもなく、適度にあちこちの相談を受けることができて、よかったと思います。概算で50人ぐらいだったでしょうか。
 須賀川、白河、郡山の参加者が多く、狙いどおり、いや、白河からの参加者からは、「福島市でのサミット相談会は知っていたけれど遠くて行けなかった。須賀川開催で本当によかった」と言われ、とても嬉しかったです。

 また、この相談会にご協力くださったみなさんのバランスも絶妙で、遠くは北海道から九州まで、近場で山形と宮城、内容も移住支援もあり週末保養・キャンプもありで、いろいろな受け入れ支援の形態を提示することができました。みなさんからのご協力、ありがとうございました。

    *    *    *

 以下は、私自身の受けた相談の報告です。

 何人の相談を受けたか分かりませんが、だいたいお一人20〜30分、11時から15時まで、ほぼ絶えることなくずっと相談者がありましたので、10人ぐらい相手をしたと思います。全員が女性、うち一人は独身、二人は夫づれでしたが夫は話には入ってきませんでした。中抜けしてお昼を食べる時間もありませんでした。

 山梨・甲府として相談を受けるというよりも、そもそも移住すべきなのかどうか、郡山・須賀川・白河などの汚染度をどう判断すればいいのか、可能性としてどういう移住先があるのか、どうしても移住ができない場合は、保養キャンプはどれだけ有効で、どういう選択肢があるのか、そういったところから相談を受けていましたので、なんかずっと中央のカフェスペースで不安を聞いたり、私自身の体験や判断を話したり、知っている事例を紹介したり、そしてみなさんのブースを紹介したりしていました。
 逆に、他のブースから、「子ども疎開の可能性なら早尾に聞け」とつないでくださったのが二件、さらにそばでその話を聞かれていて相談に加わった方が一件、計三件の子どものみの疎開の話を受けました。私が具体的につなぐことができるのは、京都と秋田、それから私自身のところでの引き受け可能性も入れると山梨。子どもだけでのホームステイないし里親としての受け入れの、メリットと負担を率直に伝え、本気で考えているなら、そして子どももそれでいいというなら、電話かメールをください、と言いました。

 もうすぐ一年。やはり動けなかった一年間の後悔、毎日毎日神経をすり減らしてきた疲労、今後も移住は難しいだろうという諦め、でも不安は消えないからこそあえて足を運んできたかすかな希望。口を開けば相談者の目から涙がこぼれることもままありました。
 具体的な提案ができることも大事ですが、カフェとして不安を吐き出す場になることも必要だとあらためて痛感。

 移住に踏み切れない背景として、やはり夫の反対・無理解を挙げる人が多くいました。夫の反対は、そのまま経済事情にもつながることです(勝手に出ていったら仕送りしないということ)。

 春休みキャンプが足りないという指摘が二件。抽選で外れた、すでに定員で締め切っていたということで、まだどこのキャンプにも決まっていない、とのこと。キャンプ需要の高さに比べ、夏キャンプほど実施数が少ないという印象です。いくつかのキャンプを紹介しましたが、そこも直接問い合わせをしないと現状で空きがあるかどうか分かりません。
 最後の手段として、キャンプじゃないけど、甲府の私の家で春休みをうちの子どもたちと過ごしてもいいよ、という提案もしました。どこのキャンプも見つからなければ、来るかもしれません。

 範囲外ですが、除染の可能性についても一件聞かれました。逆に、町内会の仕事をされている方から、除染の問題も聞きました。住んでいる以上、気休めでも除染をしないわけにはいかない。けれども、実際の有効性を考えると、端的に意味がないどころかかえって危険性を高めてしまう。というのも、実態としては、住民に「丸投げ」して素人除染をさせていますが、何度やっても、毎度すぐに線量は元に戻ってしまう、とのことでした。
 ちょうど手元にその日の『福島民報』があって、その県南版に、「鏡石町(須賀川の隣町)で町民が洗浄機とデッキブラシで除染、1割の線量低減に成功」というトンデモない記事が写真入りで紹介されており、これを「成功」と報じていることに愕然としました。この記事は要するに、素人除染は不可能で、むしろ放射性物質を散らかしてしまうだけになるという意味だ、と私は判断しています。減った1割は隣の空間や土地に移動させただけのことですから。
 3・11から一年も経って、まだこんなことをしているのかと、異世界の感覚です。しかしこれこそが汚染地の日常。毎日こういう除染、復興、除染、復興の記事ばかり読まされていたら、こっちが当たり前になってしまいます。だからこそ、一歩外に出てほしい、と、強く願わざるをえません。

    *    *    *

 福島市・郡山市での開催に比べて、いちばん難しい地域で相談会をやったと思いますが、それでこれだけの規模で実施できて、ちょうど対応可能なキャパの来場者があったということに、手応えも感じましたし、やってよかったと思いました。みなさんのご協力なしには、何もできませんでした。心から感謝いたします。

 今後のことは、郡山相談会をやってみて、今回の福島市から始まった連続の相談会を振り返り、3・11から一年を過ぎて、そして春休みが終わり、新年度になってから空気がどう変わっていくのかを見ていかないと、私自身はイメージがつきません。何ができるのか、何ができないのか、どこに糸口があるのか、ブースを出されたみなさんと、相談に来場されたみなさんといっしょに考えていければと思います。
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福島市や須賀川市での相談会に参加しそびれた方へ

2012/03/04 00:38
 2月12日の福島市での全国サミットの相談会、そして3月3日の須賀川での相談会に参加できなかったみなさんへ、あるいはそのときに満足のいく移住や保養の情報を得られなかったみなさんへ。

 終わった後から情報を知った、他の用事と重なった、遠くて行けなかった、天候が悪くて行けなかった、などなど、行きたくとも行けなかった方も多いと思います。
 また、行くことができても、相談会のときに十分な情報が得られなかったとか、相談会後にいろいろ考えて動く決断をしたとか、そういうこともあろうと思います。

 どうぞあきらめることなく、ご連絡ください。
 福島、郡山、須賀川での相談会にブース参加をした諸団体に連絡を取ることができます。北海道から沖縄まで、連絡の取れる団体は約100団体あります。
 保養(キャンプ)、一時避難、移住、子ども疎開(ホームステイ)、さまざまなカタチがあります。
 まだ希望の地域や移動のカタチが決まらない、どうすればいいかわからない、というところから相談を受けることもできます。

 なお、次は3月10日に郡山で相談会を開催します。私も会場にいますので、直接お話うかがえます。
 詳細:http://hayao2.at.webry.info/201202/article_5.html


 070-6615-2989
 p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp

 早尾貴紀
  子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク
   (避難・疎開・保養班世話人)
  放射能からいのちを守る全国サミット
   (相談会担当)
  いのち・むすびば:放射能からいのちを守る山梨ネットワーク
   (事務局) 
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【情報拡散願い】3/3、3/10二週連続で、保養・避難の相談会(須賀川・郡山)

2012/02/24 12:33
【直前ですみません! あちこち転送・転載をお願いします!】


◆須賀川・郡山で二週連続、保養・避難の相談会を開催!

 3月3日=須賀川市
 時間:11時〜15時
 場所:須賀川市中央公民館(須賀川市八幡町134)

 3月10日=郡山市
 時間:13時〜17時
 場所:ビッグアイ市民プラザ(郡山市駅前2-11-1)
  (「原発いらない地球のつどい」のなか)

 福島からの人を受け入れている各地の団体が、須賀川・郡山で、春休みや週末・連休の保養などについて説明します。
 避難・移住の相談にも乗ります。
 抱えている悩みや不安についてのお話も伺います。

 ご家族でも、お子さんとでも、おひとりでも、ご来場ください。
(同じ会場でお子さんを遊ばせながらお話が出来ます。)

 放射能汚染地から離れたところでほよ〜んと心と身体を休めて、元気を充電しませんか?

◆その他よろずのご相談、お待ちしています〜。

 よくある相談内容
・保養や避難、防御について、家族の理解が得られない。
・温度差があって、放射能の心配を誰にも打ち明けられない。
・保養や避難に興味があるが、具体的にどうしたらいいか分からない。


◆相談会参加予定団体

 3日(須賀川)=札幌・むすびば(北海道)、旭川サポネット(北海道)、母子週末保養プロジェクトちいさなたび(宮城)、毎週末山形(山形)、日曜奉仕団(山形)、いのち・むすびば(山梨)、うつくし倶楽部(静岡)、兵庫県有機農業研究会(兵庫)、「絆」プロジェクト北九州(福岡)、放射能から子どもを守る会・日豊(福岡・大分)、など。

 10日(郡山)=旭川サポネット(北海道)、東北ヘルプ(宮城)、りとる福島避難者支援ネットワーク(山形)、国際自然大学校(栃木)、フェリス女学院大学ボランティアセンター(神奈川)、4・3ひろば 福島〜山梨つながるネット(山梨)、いのち・むすびば(山梨)、うつくし倶楽部(静岡)、京都避難者支援ネットワーク(京都)、兵庫県有機農業研究会(兵庫)、どろんこキャラバン☆たんば (兵庫)、宝塚保養キャンプ実行委員会(兵庫)、母子疎開ネットワークhahako(全国)、など。


 主催:子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク

 問い合わせ:早尾貴紀(070-6615-2989/p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp)
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3月3日須賀川、10日郡山での避難・保養相談会、参加団体募集!

2012/02/21 13:10
 3月3日に須賀川市で、3月10日に郡山市で、保養や避難の相談会を実施することにしました。
 ご協力くださる受け入れ支援の団体を求めています。

 詳細は以下。ちょっと長いですが、どうぞよろしく。

    *    *    *

 今回の件は、サミット相談会に行けなかった郡山の方から、郡山でも開催してほしいと要望の電話があったことがきっかけであり、また、私自身が郡山の生まれ育ちで、現在の実家が須賀川にあるという個人的な事情もあります。
 さらに言えば、汚染の深刻さにもかかわらず福島市に比べて取り組みの遅れている、郡山・須賀川方面での活動が急務であるということも、背景にはあります。
 そして、やや急ピッチで動いている理由としては、どうしても春休み前、新年度前にやらなければならないという気持ちがあります。このタイミングで動かなければ、3.11から一年を過ぎて新年度に入ってしまえば、ますます郡山方面は停滞していってしまうと危惧しています。

 なおこれは、気持ちのうえではサミットの相談会とつながっていますが、サミットはいちおう実行委員会形式で終わっており、その後継の協議会はまだ動いていないため、名目的には「子ども福島」の主催として(「子ども福島」はこの指とまれ方式で自由にできるから)、実質的には、早尾貴紀と小河原律香のコーディネートで進めていきます。

 もちろん可能なかぎり、「いのち全国」に関わってくださったみなさんにもご協力をお願いしたいと思いますので、よろしくです。

    *    *    *

 福島相談会を受けて私が感じたことなのですが、来場される人たちは一年間の不安と疲労の蓄積がひじょうに重たく凝り固まってしまっています。それにきちんと向かい合う必要があると思います。
 そこで、須賀川・郡山では、話しやすい柔らかい雰囲気づくりと、同時に、個別にじっくり話をしたい人にも対応できること、を目指したいと思っています。ブース形式だけでなくカフェ形式も取り入れて、工夫したいと考えています。

 この春休み、また週末や連休などを利用した保養やキャンプの枠を具体的に持っている支援団体、あるいは、この3〜4月に移住や長期の避難を受け入れる枠を持っているような支援団体のみなさんのご参加をお願いします。
 いっしょに会場づくり、雰囲気づくりをしていきましょう。

 なお、3月3日は、須賀川市中央公民館で、相談会の時間は11〜15時、10日は郡山市ビッグアイ市民プラザ(イベント「原発いらない 地球のつどい」のなか)で、相談会の時間は13〜17時です。
 集合時間は、いずれもその1〜2時間前を予定しています。
(郡山のイベントについては、以下でチラシをダウンロードできます。http://onna100nin.up.seesaa.net/image/no.nuclear.pdf )

 もし、どちらかだけでもぜひ相談会に参加したい、協力したいというところがございましたら、可能なほう(3日須賀川か10日郡山か)および、提示できる受け入れ支援内容を明示したうえで、私まで個人的にご連絡いただけましたら幸いです。 p-sabbar@mrg.biglobe.ne.jp

 みなさんのお力添えが本当に必要です。よろしくお願いします。
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「いのち全国サミット」(福島)の避難・保養の相談会にぜひいらしてください!

2012/02/08 17:12
「放射能からいのちを守る全国サミット」(2月11・12日)がいよいよ迫ってきました。
(詳細はこちら:http://inochizenkoku.blogspot.com/


【40を超える支援団体が結集!】

 その二日目12日の11〜15時は、避難・疎開・保養についての大相談会となります(会場は福島市のウィズもとまち&チェンバおおまち)。
 避難・疎開・保養と言っても、週末保養や春休みキャンプから、移住や子どもだけの疎開まで、さまざまなカタチの情報提供や受け入れ相談があります。

 北海道から沖縄まで全国から40を超える支援団体が一堂に会して相談ブースを出すのは、初めてのことではないでしょうか。
 きっと繋がれる避難先や保養先が見つかります。
(参加団体の一覧はメールの末尾につけます。今後は以下で最新情報を更新していきます。
http://inochizenkoku.blogspot.com/p/blog-page_07.html

 ぜひ、ぜひ、いらしてください!
 いくつものブースをハシゴしてのぞいてみてください!


【いろんなワークショップと交流スペース】

 さらに、法律相談、健康相談、気功、野菜配布、キルト展、切り紙ワークショップなど、いろーんなブースが出されます。

 加えて!、「交流スペース」として、自由におしゃべるのできるカフェもあります。まだ具体的な避難や保養の相談の前に、漠然とした不安とか、近所や職場で危機感を共有できない不満とか、あるいはこういう支援があったらいいなという要望とか、とつとつと吐き出したり、あるいはこんなこと知りたい、あんな情報ないだろうか、同じような立場の人はいないだろうか、などなど質問をぶつけたり。それともたんにダラダラお茶したり。
 そんな場所として使ってもらったらと思います。


【延長相談も!】

 もし、15時まででは相談に行くのが難しいという方、いらっしゃいましたら、「ウィズもとまち」の3階中会議室で延長相談を受ける予定です。
 15時で話が終わらなかった場合も、そちらに移動して続けることができますし、求められるかぎり、話す場をつくっていきたいと思っています。
 だいたい17時ぐらいまでは扉を開いて待っています。なんとかこの時間までなら行けそうということなら、ぜひ足をはこんでみてください。


 (いのち全国サミット、相談会担当:早尾貴紀)



【相談会ブース参加予定団体】

札幌・むすびば(北海道)
福島の子どもたちを守る会・北海道(北海道)
あさひかわサポネット(北海道)
大沼・駒ケ岳ふるさとづくりセンター(北海道)
みちのく会(北海道)
ふくしまキッズ こども指導者(北海道)
ふくしまキッズ 林間学校(北海道)
母子週末保養プロジェクトちいさなたび(宮城)
日本の森バイオマスネットワーク(宮城)
毎週末山形(山形)
福島の子ども保養プロジェクト(福島)
ふくしま連携復興センター(福島)
ハーメルン・プロジェクト(福島)
ハッピーアイランド新聞&心援隊(福島)
国際自然大学校(栃木)
FoE Japan(東京)
福島の子どもたちとともに・世田谷の会(東京)
福島こども保養プロジェクト@練馬(東京)
アースデー東京(東京)
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(東京)
コミュニティネットワーク協会(東京)
福島子ども支援・八王子(東京)
リトリート・ホリデー CTVC(東京)
フェリス女学院大学ボランティアセンター(神奈川)
リフレッシュ!@かながわ(神奈川)
「福島の子どもたちとともに」川崎市民の会(神奈川)
4月3日のひろば 福島〜山梨つながるネット(山梨)
世界快ネット(山梨)
フリーキッズビレッジ(長野)
ゴー!ゴー!ワクワクキャンプ(京都)
大阪でひとやすみ!プロジェクト(大阪)
街づくり支援協会(大阪)
兵庫県有機農業研究会(兵庫)
福島の子どもを招きたい!明石プロジェクト(兵庫)
どろんこキャラバン☆タンバ(兵庫)
子ども未来・愛ネットワーク(岡山)
よもぎのアトリエ(広島)
福島の子どもたち香川へおいでプロジェクト(香川)
四国の子ども疎開ネットワーク徳島(徳島)
「絆」プロジェクト北九州(福岡)
「ちむぐくる」石垣島(沖縄)
日本YWCA被災者支援プロジェクト(全国)


【健康相談】

CRMS市民放射能測定所(福島)
こどもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク(全国)
自然育児友の会(全国)
お産と地域医療を考える会津の会(福島)
ひまわりの種まき隊(全国)


【法律相談】
福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(東京)


【情報ワークショップ】
CATWALK(東京)


【個人ブース】

高橋英一(北海道)
宍戸隆子(福島→北海道)
中手聖一(福島)
小河原律香(福島→北海道→山梨)
早尾貴紀(宮城→大阪・京都→山梨)
森永敦子(福島→長野)
山本明美(福島→京都)


【チラシのみ配布】

秋田・田沢湖疎開支援(秋田)
移動保育プロジェクト(福島)
福島乳幼児・妊産婦ニーズ対応プロジェクト(東京)
ゆったり里山体験@篠原の里(神奈川)
つちのこ母ちゃんず(神奈川)
手をつなぐ3.11信州(長野)
ほっこり通信 from Kyoto(京都)
み・らいず(大阪)
オーガニックキャンプinひょうご(兵庫)
おいでんせぇ岡山(岡山)
被災者支援の会・SARA(沖縄)
hahako(全国)
mamatomama(全国)
子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク(全国)
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