早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 京都と福島との集会で/『現代思想』大震災特集

<<   作成日時 : 2011/05/01 23:41   >>

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みなさま

 BCCで「京都→福島」から早尾です。

 いろいろ考えるところがあって、今日は京都から急遽、福島へ移動し、福島市での集会に参加しました。
 まず、京都のお寺での「カフェ」のほうはドタキャンしてしまったこと、そこでお会いできなかったみなさまにお詫び申し上げます。「火星の庭」の前野さんがうまくやってくださるかな、と思って、お任せしてしまいました。夕方に電話でうかがったところ、人も集まり、具体的な支援の話も多角的に出たのでよかった、とのことでホッとしました。

 4月25日に続いて福島の集まりに出たのは、前回できたつながりを一度きりにしてしまわずに続けて参加することで大事にしたかったこと、それから、中と外とをつなぐことが難しいけれども必要だと思ったからでした。
 こういうとき、足を動かして実際に移動する人間がいないと、ウェブ上に情報だけ出していても、現実には人と人とはつながらないというふうに、このかんずっと感じていました。
 それで昨晩から少し悩みはじめ、朝起きたら、今日は福島に行こうと決断した次第です。

    *    *    *    *

 どこから書くべきか悩みますが、まずは昨晩の京都大学で大学院生らが行なった報告会のこと。4月18-21日に飯館村や福島市・郡山市を訪問し、汚染調査や地元の人との意見交換をしてきたとのこと。細かな線量測定をしており(側溝のふたの上、街路樹のふもと、雨樋の出口などなど)、やはり測定器を手元において身近な生活範囲を徹底的に測ることが大事だと痛感。ほんとうに場所場所でまったく違う数字が出るのです。
 対して、宮城県の場合、仙台市全体で一ヶ所、白石市で一ヶ所、角田市で一ヶ所とか、しかも空間線量のみだなんて、宮城県は何もやっていないに等しい!
 京大の院生らの話に戻します。
 彼らも子どもたちが生活していていい環境ではないと判断し、そのために子どものショートステイなどのプランをもっているのですが、現実的には、福島県(や宮城県でもそうですが)では、自主的に避難をしたり、あるいは一時的な避難を呼びかけるだけでも、「汚染されていると風評を流すな」とか「残って復興しようとしている人の妨げになる」いったような反発を招くことがしばしば。また、そのときも会場には実際に、福島県のいわき市から子どもを連れて避難中の父親が参加しており、「田舎ほど世間の目が厳しく、逃げたことが裏切りのようにとられる」とのこと。
 またしてもこの困難、つまり本来あるべきではないはずの、移動する/しないの対立が壁になってしまっています。これをどう乗り越えるのかが大きな課題です。

 その意味では、現在進行中(明日から本番、10数人が到着です!)の、京都精華大学・卒業生らのGW「こどもキャンプ」の実現は、ひじょうに大きな一歩だと思います。私も物心両面で支援してきましたし、みなさんからのカンパも一部使わせていただきました。
 私の7歳の子どもも、二泊三日ですが参加。大学内にたくさんいるシカさんといっしょに遊んだり、草野球を存分に楽しんだり、そして興奮して夜更かしして寝られなかったりと、たいへんだったそうですが、でもこれこそがキャンプの醍醐味。いまや福島・郡山、そして宮城県南でも、外遊びができる環境ではないのですから、寝付けないほど興奮してほしいと思います(キャンプのお姉さん・お兄さんらはたいへんだと思いますが)。
 また、これをモデルに、これからあちこちで実現できたらと思いますし、明日からの本番の成功を祈っています。

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 そして今日の福島での「子どもたちを放射能から守るための集会」。
 すぐに主催団体の「フクロウの会」のサイトに報告は出ると思いますので、細かな中身は書きません。
 ただ、大きな構図として感じたのは、避難・疎開と、除染・防護については、どちらにしても、それをきっちり国と自治体の責任と負担でやってくれと要求していくことと、しかし国が「安全だから不要だ」という姿勢を変えないかぎりは、国や県にやらせるということが難しい、期待はできないこととのあいだで、壁にぶつかるということです。
 避難・集団疎開については、すでに動いている人は、経済的な自己負担と、そしてコミュニティからの断絶というリスクを自らかかえてでも、この瞬間に避難しなければ子どもを守れないと判断をしたわけですが、しかし、その経済的負担ができないとか、あるいは実際には無料で住宅や必要物資の支援を受けられるところがあるのですが、しかしコミュニティ(町内や学校や会社)とのしがらみで動けないというケースが多く、せめて学校単位で動いてもらわなければ避難ができないと言う。しかし、学校が動くには各自治体の教育委員会が、そのためには県教委が、そのためには文科省が動いてくれなければならず、結局それを言ってしまえば、政府が20ミリシーベルトを撤回してくれなければどうにもならない、ということになります。が、その交渉を待っていたら、被曝が進むだけなのです。この
ジレンマ。
 除染にしても、ネックは、剥いだ汚染表土や、刈り取った菜の花・ヒマワリの処分をどうするのかについては、国と県レベルで動いてもらわなければ、処分が容易ではないこと。にもかかわらず、国と県は除染は必要ないという立場なわけです。除染の有効性とその手段の検討は、具体的に示すことができても、その費用負担の問題と、汚染物質の最終処分の問題は、国と県が責任をもってもらわなければならない。しかしその大本となる政府が、「安全だから除染は不要」という立場を変えなければ前には進めないわけです。
 ならば、要求だけしていればいいのか。そうではなく自分たちで自主的に何ができるのか。そこに話が行き着いてしまうように思います。

 でも、ようやくにして、具体的な活動に向けて動き始めたように思います。県内各地から300人近く集まっていようですが(もちろん各地元に戻ればみなさんマイノリティになってしまうのですが)、活動のためのネットワークができたと思います。

   *    *    *    *

 『現代思想』(青土社)の最新号、特集「東日本大震災」が出ましたが、そこに原発震災からの脱出と、避難生活の一ヶ月について書きました。
 ちょうど、一時帰郷した仙台で最大余震に見舞われた翌日4月8日に、再度脱出する道すがら、高速バスと新幹線のなかで一気に書き上げたものです(そこが締め切り日だったので)。
 思想誌らしく分析的な文章が占めているなかで、本来思想屋である私は、今度ばかりはあえて現場の話を書きました。あえてというか、時間的にも気持ちのうえでも、それしか書きようがなかったのです。
 テレビも電話もネットもない地点・時点から始まる体験ルポです。どうぞご一読ください。

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