早尾貴紀:原発震災関連

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<<   作成日時 : 2011/05/25 07:56   >>

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日頃お世話になっているみなさま
原発震災でご心配くださったみなさま

 BCCで早尾です。

 このかんのいろいろ、報告します。長文で失礼します。

1、まずは、矢ケ崎克馬先生を招いての福島県郡山市講演、会議、そして宮城県丸森町での調査、講演についてです。
 17日の郡山では、予想を超えて300人以上の参加者がありイスの追加がたいへんだったり、また機器の準備が間に合わなかったりで、バタバタしましたが、ひじょうに重要な講演と質疑ができたと思います。
 みなさんからの支援があって開催できました。お礼申し上げます。

 矢ケ崎氏の話。郡山と丸森との話から適当に要約。
◆見た目の放射線量から計算できる外部被曝では、内部被曝は測れない。実際には内部被曝のほうが影響が深刻で、それは通常のマスクでは完全には防げないし、小さな子どもに高密度でぴっちりと顔に着くようなマスクを長時間させるとか、一切外出させないというのは無理。結局子どもについては避難させるのが理想。
◆避難の絶対的安全圏はないから相対的に考えるしかなく、福島より仙台はマシ、仙台よりも東京はマシ、東京よりも関西がマシ。与えられた各家庭の条件で妥協するしかない。
◆原発事故はまだまだ収束しておらず、新しい放射性物質は届いている。残留セシウムだけでなく、新たなヨウ素も検出されるし、残った人びとによる除染は繰り返し必要になる。
◆深刻な内部被曝を政府が無視するのは、原発推進・核兵器擁護のための功利主義、ご都合主義。一定の人命を犠牲にしてでも、核産業を優先しようとしている。
◆内部被曝問題は、遡れば広島・長崎の原爆症に行き着き、さらには沖縄の米軍基地に持ち込まれ、イラクで使用された劣化ウラン弾にも通じる。それを克服できなかったのは日本が住民の命よりも対米関係を重視する植民地主義国家だから。だから福島やその周囲の人びとも守られない。
◆この功利主義、植民地主義にこそ対抗していく必要があり、その声をどれだけ大きく、効果的に出していくのかが大事。

 翌18日はクローズドのミーティング、子ども福島ネットワークの代表の中手さん、講演を手伝ってくださった郡山の方々に加えて、広島から東琢磨さんグループ、京都精華大子どもキャンプの久保田さんらも駆けつけてくださり、会議とは違う雰囲気で話を深めることができました。

 そしてその日の午後には宮城県丸森町へ測定に。
 丸森町の公式発表は、町役場前で5月中はだいたい0.2台で推移していますが、測定依頼者によると、少し山のほう、福島県境に近い地区に行くと、空間線量で普通に1マイクロシーベルトを超えているというのです。
 驚きました。たしかにそういう数値を示します。スイッチを入れるなり、いきなり警告音が止まりません。放射性物質には県境などありません。にもかかわらず、宮城県は全市町村でさえも測らず、いくつかの市町村のみで、しかも一ヶ所ずつしか測らない怠慢ぶりです。宮城県よりも全般に放射線量の低い栃木県でさえも、全小中学校を含む全教育施設で測定をしたというのにです!
 矢ケ崎先生は高性能の機械であちこちを丁寧に測定してくださいました。
 その計測の途中で、ふと数値が上がる瞬間がありました。伺うと、原発の方向からわずかに南風が吹いてきており、新しく出ている放射性物質が届いているとのこと。たしかに、5月に入ってもなお、丸森やその他、宮城県南部の計測値は、公式発表でさえも低減して下げ止まっているのではなく、ときにポンッと上昇する日があります。
 残留放射能ではなく、新しい放射性物質は、県境を越えて確実に届いているのです。

    *    *    *

2、少しだけ批評的なことを書きます。
 基本的には自分の活動報告を書いているのであり、事故後に増えた「にわか評論家」みたいなことは避けてきました。
 でも、矢ケ崎氏の姿勢にあまりに感銘を受けたのと、矢ケ崎氏講演の前日の16日に武田邦彦氏も福島講演をしていたのが気になったのとで、これを期に簡単に書いておきたいことがあります。
 二人とも、原発事故以来、被災者のために発言を重ねてきました。僕もそれに学んできました。二人いっしょに国会で参考人として呼ばれました。しかし、二人の姿勢は対照的だと思いました。

 まず、武田氏は分かりやすい。むしろ分かりやすすぎで、だからこそ、ブログも大人気なのでしょうけれど、危険を感じました。彼の「変節」を責めたいわけではありません。原発推進論者だったこと、実際にそのために自分が御用学者として動いてきたことを、武田氏は隠してはいません。また純粋に技術論的には核エネルギーを現在も否定はしてないでしょう(商業原子炉が危険と認めただけで)。
 そういう立場性をいったん別として、有意義な分析と具体的な対処法を提示してくれるのは、役に立ちますので、僕も読みます。
 でも気になるのは、その変節具合ではなく、安心を与えるべく事態を軽視する発言を繰り返していることです。武田氏は何度も、「福島原発事故は収束したので安全だ」、と強調しています。だから、除染をしてきれいにすれば元通り安全に住めるのだ、と。
 こういう語りは、不安になっている被災者には、ひじょうにウケがいい分、危ないと思いました。もう放射性物質は届いていない? もう避難は必要ない? しかも彼はエネルギー問題の人であって被曝の専門家でもないのに、大丈夫なのか? などなど。
 しかし武田氏は、ブログでも講演でもつねに、これはこうなのだ、と断言口調で明快に語ります。専門でもない分野についてまで。それは、藁にもすがりたい人たちの前で、計算づくで人気取りをしているようにさえ感させられるのです。

 対照的に矢ケ崎氏の話は、福島や宮城でする被災当事者向けの講演としては、心地のいいことを示してはくれない。先に書いた内容では、楽しい気分にはなれません。でも、どこまでも誠実です。
 内部被曝の危険性は高い、いまでも放射性物質は遠くまで届いている、子どもは避難させるのが理想、どこまで逃げれば絶対安全とは言えない、などなど。これを聞いて、あまり元気になる人はいないでしょう。
 でも僕は、すべて必要な話だし、矢ケ崎氏は言葉を慎重に選んで正確なことを言っていると思いました。それゆえに、どの地域まで逃げれば安全だとか、何シーベルトなら安全だ、なんていう断言はしません。確率論の次元では必ずリスクは出てしまうのですから。
 そして、即効性のある助言が求められているなかでも、あえて沖縄、広島・長崎の話までして、日本は脱植民地化ができてないからいまでも住民を救わない、という原則的な話までしていかれた矢ケ崎氏にむしろ尊敬を覚えました。

    *    *    *

3、先週末には、小学校の授業参観とクラス懇談会がありました。
 懇談会で、私から担任および他の保護者に向けて、子どもを連休まで避難させていたこと、その理由として、仙台の置かれている被曝状況を話しました。矢ケ崎氏の本や講演で学んだことも盛り込みつつ。しかし、ほとんど理解されませんでした。
 平常値の二倍程度という現状の仙台の数値でも、統計的には必ず健康被害が出ること、見た目の線量の問題ではなく平常値を超えた部分は自然放射線と異質の有害性があること、内部被曝を考慮するとリスクは数倍になること、側溝や遊具下などでは局地的に高い汚染が出ること、などを伝え、せめて学校単位で細かな測定をしてほしいと話はしましたが、暖簾に腕押し。まず対応もしてもらえないでしょう。
 今後は校長らと直談判するのと、県や市に要請を繰り返すしかないのだと思います。それにしても、この大規模汚染という事態を前にして、繰り返し強い要請がなければ自らは調べようともしないこの行政・学校・教員の姿勢や感覚にこそ、絶望的な思いを抱いてしまいます。放射能よりも、この人たちのほうがよほど怖い。
 安心だと言うなら、徹底的に隅々まで測った上で、そしてその数値がどういうリスクを意味しているのかを調べた上で、「平時よりも異常に高い被曝を継続的にしている状態だ」と認め、「それでも県としては、学校としては、安全だと考えているけれども、何らかの健康への影響が出た場合には全面的に責任を取ります」と、それぐらいのことは最低でも言うのが行政機関・教育機関の責務だと思いますが、そのはるかずーっと手前にいて、「調べるのが面倒だ」とか「数字が出たら風評が立つ」とか、稚拙きわまりない発想で宮城県は動いているのです。

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4、そんな状況で、また子どもを避難させることを、選択肢として考えざるをえないと思っています。
 そもそも5月の連休明けに仙台に戻したのも、迷いながらの苦渋の選択でした。福島と仙台と京都でのさまざまな事情を考慮しながら。でも、子ども戻したという判断について、何人かの知人から、「せっかく避難させたのに」とか、「まだ早いのでは」とか、「国の安全キャンペーンに屈したことになる」、などと言われました。おっしゃることごもっともです。
 でも、原発被災当事者としては、親としては、そして子どもも小学生となれば、そう簡単ではないのです。戻ってきたら、今度は避難したくてもできない人の苦境に落ち込んでしまいました。

 子どもも小学生になれば、一人の社会人。自分で人間関係をつくって、自分で好きなことを選んで活動をしています。そこから子どもを引き剥がしてしまうことは、本当につらい。
 かわいそうだけれども、彼にはまた自分で関係と活動を築く仕事をしてもらうことになるかもしれません。惰性だけでは生きていけないということを、この二ヶ月の避難生活でもう学んでいるはずなのですから、きっと大丈夫でしょう。
 夏休み前まで仙台で学校に通わせるのか、その前に動いてしまうのかどうかも含めて、少し検討しなくてはならないと思っています。また方面としても、私の職場のある東京なのか、一度疎開生活をした京都なのか、あるいはまた新しい環境を探すのか、いろいろな可能性を考えたいと思います。(矢ケ崎氏は、仙台は避けたほうがいいが、親元を長期間離すことの心配を考えると、東京が妥協点ではないか、と。首都圏の汚染状況を詳しく知る友人は、東京もやめたほうがいい、と。そういう助言ももらいました。)

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5、避難・疎開のためのネットワークが広がりつつあります。
 これまではそれぞれゲリラ的に自主避難の実践や支援がありましたが、徐々にそれを繋いでいくネットワークができてきました。まず、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」のなかに、避難・疎開グループができ、情報提供や避難先とのコーディネートをします。私もその一員です。
 他方、これまで受け入れ支援をしていた外のいくつかのグループや個人が、横につながっていくMLができました。私もその一員です。
 福島の中と外の両方にいるので、それを繋ぐのが私の役割と思います。私のところに避難相談がちょこちょことと来ていますが、窓口とネットワークができると、個人的にマッチングをはかるよりも、効率的に最適な選択肢が見つかるはずです。
 キャンプなど一時保養のプログラムも複数動き出しています。今後、みなさまからの支援をお願いすることがあるかもしれません。そのときはどうぞよろしくお願いします。

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