早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 自主避難狭まる/汚染広まる/樋口健二氏に怒られる/我が子再避難

<<   作成日時 : 2011/06/10 22:30   >>

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日頃お世話になっているみなさま
原発震災でご心配くださったみなさま

 BCCで早尾です。少し時間があいてしまいました。
 メールを書く時間がなく、でも書ききれないほど毎日いろいろなことがあります。

1、
 このかんにあった大きな出来事として、自主避難者たちが頼りにしてきた雇用促進住宅での受け入れを、厚生労働省が突然に「福島県内からの避難に限定する」としたことでした。罹災証明書なしでも、退避指示圏外でも、1年間避難先として利用できる貴重な「居場所」だったものが、宮城県、茨城県、栃木県の人たちは使えなくなりました。
 放射能は県境で止まるとでも思っているのか! 宮城県南部県境付近の放射線量は福島市並みで、空間線量で1.0マイクロを超えていますが、逆に福島の南会津などはほとんど平常値。にもかかわらず、これで丸森町の人は避難の際の最大の選択肢を失うわけです。この典型的にお役所的な杓子定規に、いまさらながらあきれました。いや、4月中旬の20ミリ問題のとき以来の激しい怒りと恐怖を感じ、厚労省へ長々と抗議の電話をしました。

 役所の壁は人を分断し、囲い込み、逃げ道を遮るのです。20kmの内と外とを分断し、福島の内と外とを分断し、そうして身動きをとれなくして、絶望させる。またあらためて、この国家の冷酷さを思い知らされました。いや、3月からわかっていたこと。政府はぜったいに住民を救わない。
 丸森や角田の人からも避難相談を受けてきました。「福島」じゃないから注目もされない。不安のなかで耐えてきた。耐えきれなくなって脱出を決断した。その矢先にその支えをごっそりと抜き取られたのです。
 これからは小さなパイの奪い合いになってしまうのか。たぶんそうはならない。きっと「あきらめ」がいっそう蔓延するでしょう。

 厚労省の担当者はこうも言いました。「本来は避難指示範囲と計画避難地域にだけ限定したい」と。暫定的に、いま「福島県」という絞り方をしたけれども、遠からず、さらに範囲は狭まるわけです。
 つまり、やはり20ミリシーベルトを徹底させる、ということ。それによって、福島市や郡山市など主要都市からの人口流出を抑える、避難を引き止めるというわけです。事実、いま福島県(つまり県知事と行政)は、他県で自主避難受け入れという当然の支援をしている自治体に対して、きわめて非協力的であり、自主避難を妨害するかのような姿勢をとっています。自治体どうしでの避難の調整、避難者の支援という当然の業務を県が拒否しているのです。
 3月から繰り返してきたことですが、何度でも認識させられます。政府の指示、自治体の指示を待っていたら、殺されます。

2、
 こうした行政への絶望、そして全機メルトダウンがいまさら認められたなどの悲惨なニュースのせいもあって、ここにきて自主避難の波が高まっているように感じます。毎日のようにさまざまなケースの避難相談が、私のところにも寄せられます。妊婦や母子家庭や喘息もち、などなど。やはり特別な配慮の要るケースが相談に持ち込まれます。
 しかし一方で、悩んで避難という方向を検討したところ、夫に反対された、姑に反対された、避難先での生活が心配(心配でない人などいるか!)、などなどの理由から、何度かの相談の後で、「やはり動けません」ということになるケースも、3月頃と変わらず多い。
 避難を迫られた事態が理不尽なことはわかります。なんで故郷での幸せだった生活を奪われなくてはならないのか、と。でも、それを嘆いて恨んでいても、放射能は消え去ってはくれないし、政府も助けてはくれないのです。何かを犠牲にしてでも、逃げる、自分を守る、子どもを守る、という決断は、自分でしなくては。家族が反対しようと、逃げた先の環境がわからなかろうと、逃げるときは逃げる。自分で判断する。自分の足で立って歩けば、逃げた先に道は開ける、そう思います。
 こんなことを3月からずっと言っている。なんか、まだ同じところをグルグル回っている感じです。


3、
 宮城県の全域で牧草から高濃度のセシウムが検出され、一部では基準値の6倍の1800ベクレルにも達しました。飼料にするなと制限が課せられましたが、輸入飼料に急に切り替えられるはずもなく、宮城県内の農家は大混乱。また静岡のお茶が騒がれてますが、宮城のお茶からも400ベクレル近く出ています(500が上限なのでギリギリセーフ?)。500以下だったのはただの偶然でしょう。隣の畑を測ったらその倍でしたなんてことがあってもおかしくはない。
 仙台の教育現場でもようやく反応がありました。プール清掃を教員ら大人がしたこと、そしてプール授業開始を保留したことです。まだ正式中止ではありませんが。
 プールについては私はこう思います。プールに入っていいのかどうかそのものが問題なのではなく、皮膚からの吸収や水の誤飲などたかがしれているので、それよりも、毎日必ずたくさん口にする、空気・飲料水・食材の問題なのであり、そしてそういう環境にそもそも子どもを生活させておいていいのか、という問題です。プールの是非だけ議論しても仕方ない。

 そのプールの話題を、たまたま先日、子どもの野球部の試合のときに、応援に来ていたお母さんらがしていました。あ、気にしている人いたんだと思って、「偶然ですが私のポケットにガイガーカウンターがありまして」って(笑)、「あら、早尾さん、測量かなにかのお仕事ですか?」。
 ピッとスイッチ入れて、「このように、空間線量はだいたいこのあたりは、0.13ぐらい。仙台市中心部の0.10よりやや高め。ですが、これをグラウンドの芝生の上に近づけますと、、、0.2超えました、0.25ぐらい、倍ですね。葉に降り積もったり、根から取り込まれたりして、高めになります」、「え、えっ〜!」、「さらにベンチの屋根の雨樋の出口は、、お、お、(ピーッ、ピーッ、ピーッと警報音)、0.8、0.9、あ、1.0超えた」。お母さんら声を失う。「こういう場所は気をつけましょうね」と、少し危機意識をもたせるようにしました。

 仙台の我が家にもホットスポットが二ヶ所あります(「我が家のホットスポット」っていうのも嫌ですけど)。物置の雨樋出口、家の前の側溝。どちらも1.0マイクロシーベルト毎時ぐらいある。
 側溝に近づくな、土を触るな、草を触るな、雨樋は要注意、手洗え、手で口触るな、歯も触るな、滑り台注意、木のベンチ注意、雨にぬれるな、等々。言うだけ言いますが、まず見てないところで、何をしているかわかりません。小学校2年生に、見えない放射能に対処しろというのが、土台無理な話なのです。

4、
 そんなふうにして過ごしていたとき、6月1日に、同僚の澁谷知美先生が、原発労働者を30年以上撮り続けてきた写真家、樋口健二氏の写真展と講演会を企画実現してくださいました。写真もトークも強烈だったのですが(それはいずれの機会にもう少し詳しく紹介したいところです)、その後の懇親会で、樋口氏に私の子ども(連休まで京都で過ごし、連休明けから仙台に戻した)の話をしたところ、「どうして戻したんだ! 原発はまだまだ収束しないぞ。仙台なんてこれからバンバン放射能が飛ぶんだ。90キロなんて近すぎる」と、怒られてしまいました。「将来何かあったら後悔してもしきれなぞ。そういうときは、周囲のしがらみがとか、子どもの学校がとか言っていてはいけない。エゴイストになってでも、避難させるべきだ」などと、激しい説教をくらいました。
 次々と明らかになる、政府の情報隠し、東北地方広範囲の汚染。そして、1号機がメルトスルーまで行ったとか、4号機建屋が傾いてきたとか、そして止まらない余震。ここにいるだけで精神状態はあまりよくはありません。
 そしてそんな折、福島市のとある母子家庭からの相談。どうしてもお母さんは年内は仕事を辞められない、しかしそうは言っても、子どもは日々被曝していく。どうにか子どもだけ疎開させられないか。お子さんは小学校2年生、一人っ子で内弁慶。この年齢で普通の学校に放り込むのは不安でしょう。それにしても、一人っ子で内弁慶の2年生なんて、私の子といっしょではないですか(笑) このお子さんを、4月に京都で助けてもらった小さな小学校に受け入れてもらうときに、私の子どももついでに再避難させたら同級生!
 こうして、樋口さんの叱咤と「同級生」の出現とに背中を押されて、このかんウジウジと悩んでいた子どもの再避難を、最終的に決断したのでした。7月1日から京都に転校します。

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