早尾貴紀:原発震災関連

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zoom RSS 震災瓦礫の広域処理(受け入れ)と放射能汚染について

<<   作成日時 : 2012/07/07 06:50   >>

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 以下の文章は5月頃に、応答を求められてあるMLに書いたものです。
 ただ、最近も、瓦礫の広域処理(受け入れ)をめぐって、心ある人たちどうしでも、その是非をめぐって対立してしまったとか、耳にする機会が絶えません。また、私が放射能汚染地帯からの移住や保養を進める一方で、宮城県からの避難移住者であるということから、最大の瓦礫が残っている宮城県からの搬出について意見を求められることもたまにあります。
 それで、5月に書いた文章ですが、一部を訂正削除して、ここに掲載することにしました。

早尾貴紀

コメントを求められた瓦礫の受け入れの是非について。

「広域処理」ではなく「焼却処理」そのものが最も根底にある問題なので、広域処理反対だけを言うのではなく、「被災地での焼却処理もやめろ」と言わなくてはなりません。もしそのことに全力で取り組まずに、広域処理反対だけにとどまるならば、その意図はなくとも、結果的には被災地内での焼却処理を推進することになり、やはりそれは、被災地・汚染地の人間を切り捨てることになります。そして実際、全国で広域処理反対を言っている人たちのなかで、被災地での焼却処理は即座に停止すべきだと前面に出して主張しているところは、ほとんどないのが現状です。

実際のところ、最大の地震・津波の被災地である宮城県が最も瓦礫の量も多いわけですが、焼却施設のキャパの大きい仙台市は、震災瓦礫を市内だけで処理する方針を出し、「優等生」扱いを受けています。なんら放射性物質の対策もとらずに、たんに通常炉で燃やすだけで、どんどん放射性物質を再拡散させています。にもかかわらず、広域処理反対を言う人たちにとっては、仙台市のようなところは「好都合な存在」になってしまいます。そのとき、「広域処理反対」は、この地の人々の被曝を容認したり無視したりしていないでしょうか。

なお、仙台市の土壌汚染は、セシウム合計で500〜1000bq/kg。瓦礫は、材質によってもっと低いものも高いものもあります。宮城県全体では、南部と北部の土壌汚染は高く、1000〜5000bq/kgあります(沿岸地域はそれよりやや低め)。もちろん、こんな土地の瓦礫を外に持ち出すべきではありません。汚染地の人たちも、外で引き取ってほしいとみなが思っているわけではありません。

ただし理論的には、もし放射性物質を外に漏らさない専用炉ないし高性能フィルターがあるのであれば、どこで処理をしてもかまわないとは言えます。そして、そうした技術的な前提に立てばですが、あの膨大な量の瓦礫を早急に生活環境からなくすために広域処理をしようという発想は、そう不自然なものではないと思います。
もちろん、十分な質と規模の処理施設が地元にできるなら、外に持ち出さずに処理すればいいですし、全国各地に設備があるならば、密封して運搬し処理すればいい(焼却しない瓦礫のリサイクルについては、宮城県について言えば、量が福島・岩手と比べてケタ違いに膨大なので限界があると思います)。そしてどこで処理しようと、濃縮された汚染灰は政府・東電に返却するのが筋。
だから、原則的に言えば、広域処理の問題ではなく、焼却処理(の仕方)の問題なのです。「広域処理反対」ではなく、「焼却処理反対(汚染地帯でも!)」と言わなくてはならない。

でも実際には、技術的には飛散を避けるなんてことはできませんし、高濃度な汚染灰も各地の処分場に埋め立てられてしまう。だから現実的には、広域処理には反対するしかない。でもその範囲での反対というのは、繰り返しますが、汚染地にいる生身の人間の被曝を増加させることを前提としてしまいます。現状では、結果的にそうならざるをえないのです。残酷な現実です。
誰にも、「自分の庭に汚物を持ってくるな」と言う権利はありますし、自分の子どもを最優先に守る権利もあります。広域処理反対を訴えていけないはずはありません。でも、日本全体どころか世界にまで影響を及ぼすこの問題を巨視的に考えたときに、瓦礫処理の問題が投げかける問いは、自分の庭のことにとどまるものではないだろうと思います。

もう一点、出された疑問として、「ならば、どうして地元の人々が焼却反対と声を大にして言わないのか」、について。
一言でいえば、「余裕がないから」です。自分たちで訴える余裕もなければ、助けを求める声を上げる余裕さえもありません。

震源から最も近かった宮城県は、311の地震そのものの衝撃、津波被害の甚大さ、なお頻発し続ける余震、そして危機は感じるけれども行政対応のない放射能汚染、これらに晒されながら生活を維持するだけでも精一杯。瓦礫の汚染以前に、土壌汚染さえも、きちんと調べられることのないまま、宮城県庁は、地震と津波の被害からの「復興」に偏重し、放射能汚染は県境を超えては来ない(汚染はない)という姿勢に固執しましたし、津波瓦礫の多い沿岸地域住民は、最初の1年を乗り越えるまでは、汚染を直視することができませんでした。

また、外からの視線も、瓦礫の広域処理の問題が表面化するまで、「宮城県は津波被害、福島県は放射能汚染」というふうに分けていたと思います。実際の汚染状況を無視して、原発の立地が福島県内だということでもって、汚染を「福島」で代表させ、避難や保養の支援対象も、たまたま福島県境の内側に住所があるという人に限定してしまっていました。「県」という枠は行政上の区分に過ぎないし、県境の線は地図の上にしか見えないものなのに。

でも、放射能に県境などないのです。宮城県の南部も北部も、福島県の中通り並の汚染状況です。それにもかかわらず、放射能を否認していたのは、宮城県・県民も、その外側の人たちも同じだと思います。いくら避難や保養の受け入れ支援活動をしていても、その対象を福島県民に限定していながら、宮城県の汚染瓦礫が広域処理されるとなったとたんに、「瓦礫は汚染されているから拡散反対」というのは、地元の人間の感情的な部分では、素直に同意できない。自分のところの汚染を知った以上は、論理的には「瓦礫を受け入れてくれ」と言えないことがまた、かえって広域処理反対運動に対する苦々しさを増しています。

震災後1年を過ぎて、ようやく宮城県では、放射能のことを口に出して心配する人たちが増えてきました。「やっぱりここも汚染されているのだ」と。1年を経て、ようやく行政主導の除染の動きが出てきました(除染が有効かの議論はさておき)。
良かれ悪しかれ、即座に全国を挙げて避難だ除染だ保養だと、放射能対策で支援が入った福島県とは、状況があまりに違いすぎます。なので、宮城県の中から、(広域でも地元でも)瓦礫の焼却処理反対、の声が組織的に上がってくるような余裕はまったくなかったのです。

最後に、では、なぜ僕もまたこの問題に取り組まないかの言い訳。
僕も余裕などありません。僕自身も避難移住者であり、全国での避難・保養の受け入れ活動をしています。それだけでもう限界です。
また、僕は宮城県を捨て去った人間であり、またそこを出るための支援しかできない人間です。残っている人の代弁をすることはできません。

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